神奈川大会で県立唯一のベスト8入り
第108回全国高校野球選手権神奈川大会はベスト8が出揃った。4季連続甲子園を狙う横浜、3年ぶりの聖地を目指す慶応義塾などが勝ち上がる中、県立唯一のベスト8入りを果たしたのがノーシードから勝ち上がった市ケ尾だ。
新チーム結成時から「ベスト8」を目標に掲げ、創部53年目で初の準々決勝進出。5回戦で川和との県立対決を制したあと、菅澤悠監督の目には喜びと安堵の涙が浮かんでいた。
「しんどかったです……。今までで一番高い目標を掲げた子たちで、目標を狙って達成するのは本当に難しいこと。それをやってくれたのが嬉しいです」
試合後の取材でも目は涙で潤み、声が震えていた。甲子園を決めたわけではない。それでも、市ケ尾にとっては甲子園と同じ価値を持つ勝利だった。
就任10年目。2022年春にベスト16入りを果たし、創部初の夏の第3シードを獲得すると、2023年、2024年と2年連続で夏のベスト16入り。今夏3度目のベスト8挑戦で、ついに壁を破った。
県立の進学校であり、2年前のエース古川太陽は国立の静岡大で硬式野球を続けている。「野球も勉強も頑張りたい」「ガチガチの私学で、野球で勝負するのはちょっと……」という中学生の受け皿にもなり、今年は81人の部員数を誇る。この部員数こそが、菅澤監督の10年間の取り組みの成果と言ってもいいだろう。
来年度は異動が濃厚で、新チームが始まったときから、「次の夏(2026年)が最後」と周囲にも伝えていた。チームが掲げたスローガンは『集大成』にかけた『執大成』。「執念を持って、1球1点に執着して、ベスト8を成し遂げる」という想いを込めた。
あえて甲子園を目指さない理由
菅澤監督は何年も前から、「ウチは甲子園を目指していません」と公言している。「現実的な目標ではなく、努力の仕方がわからないから」というのがその理由だ。
横浜、慶応義塾、東海大相模、桐光学園など、強豪私学がひしめく神奈川で、県立が頂点を獲るのはあまりに難易度が高い。
「自分たちの努力によって最大値にまで能力を伸ばせたときに、手が届きそうな目標はどこか。そこに目標を定めたほうが、努力の仕方がわかり、成功体験を得られると思います」
2024年は「5回戦で勝負できるチーム」、2025年は「ベスト16」、2026年は「ベスト8」と、ひとつずつ目標が上がってきた。
「目標を決めたのなら、そこから逆算して日頃からベスト8に見合うだけの取り組みを求めていく。昨年からやり方を変えたことはないですが、今までは自分が『このぐらいでいいか』と流していたことを流さずに求めるようになりました。求める基準が上がっているので、夏の大会まで褒めたことはないです」
たとえば、雨上がりのノック。ぬかるんだグラウンドを想定せずにミスが出たときは、「準備が足りない」と1球でノックを出されることもある。チャンスの場面でタイムリーが打てなかったときには、「切り替えて!」ではなく「どんなアプローチで待っていたのか」をとことん突き詰める。
放課後の練習は長くても18時半まで。量では勝負できない分、高い質を求め続けた。
4回戦でエース大塚が「休み」を直訴
6月13日に行われた組み合わせ抽選会。菅澤監督にはひとつの願いがあった。
「シード校の隣に入って、大塚が元気なうちに戦いたい」
「シード校の隣」とは、2回戦で当たることを意味する。最速144キロのストレートと鋭く曲がるスライダーが武器のエース大塚遼が万全の状態であれば、十分に勝負になると踏んでいた。
抽選の結果、初戦は関東六浦、勝てば2回戦で第2シードの相洋と当たるクジになった。菅澤監督曰く「最高の組み合わせ」。ポジティブに捉えられるだけの投手陣がいたことが大きい。
「大会前から、大塚には『2回戦と5回戦で先発』と伝えました。ほかの試合で、どれだけピッチャーが頑張れるか。初戦は緊張感もあって、かなりきつい試合でした」
初戦の関東六浦戦。序盤に3点を先行される苦しい展開も、太田晴、黒川瑛太、山田想二郎、中山優太朗のリレーで踏ん張り、5対3の逆転勝ちを収めた。
続く2回戦で、大塚が156球の粘投を見せ、6対5で相洋に勝利。中盤には130キロ台に落ちたストレートが、終盤に140キロ台をマークするなど、タフさを見せた。3回戦(対横浜氷取沢)は山田、井上瑞希、黒川、中山、4回戦(対川崎工科)は山田、黒川、中山のリレーでプラン通りに勝ち上がった。
大塚には「ベスト8」のために1年間取り組んできたことがあった。
「打たれても1イニングを最少失点で抑えること」「ピンチの場面でギアを入れること」
それがベスト8のチームにふさわしいエースの姿であり、「応援してくれる80人の部員のためにも」と腕を振り続けた。バッティング能力にも長けた大塚の定位置は「2番・指名打者」。だが、3回戦はコンディション不良で休み、4回戦は出場できる状態だったが、自らの意思で休んだ。4回戦の前日、菅澤監督に直訴してきたという。
「かなり暑いじゃないですか。『3日後(5回戦)に万全でいきたいので、出なくてもいいですか』と、大塚から言ってきました。その代わり、5回戦でふがいないピッチングをしたら許さないですけどね。そこはエースとして責任を背負ってもらいました」
川和戦では、9回6安打1失点で最後まで投げ抜き、3対1で勝利。見事にエースの役割を果たし、チームをベスト8に導いた。
SNSの活用で飛躍的に伸びた145キロ右腕
豊富な投手陣の中で、菅澤監督が「投手陣でもっとも伸びた。とにかく取り組みがストイック。すごいやつです」と評するのが中山優太朗だ。関東六浦戦で最速145キロのストレートを連発して、一躍注目を浴びた。
入学時の球速は116キロで、体重は60キロ。それが2年後の今は最速145キロ、体重80キロにまで成長した。飛躍のきっかけは、SNSにあったという。
「慶大の広池(浩成)さんのインスタを見ていたら、ストイックな取り組みがものすごく伝わってきて、自分もやらないといけないと刺激をもらいました。それを見たのが1年の秋か冬。そこから、広池さんにDMでトレーニングに関する質問を何度も送って、フォームの動画も見てもらって、本当にもう迷惑なぐらい(笑)、やりとりをさせてもらいました」
投手陣の指導に関して、菅澤監督は「うちは放任。個人で何をやってもいい。ただし、結果は求める。だから、厳しいやり方だと思います」と語る。
狙うのは個別最適化だ。監督が一律に同じ教えをするのではなく、選手自身に合ったトレーニングや投げ方を自分で見つけ出す。トレーナーや打撃コーチを雇い、「どうすれば上達できるか」のヒントは提供する。それをやるかどうかは自分次第、というスタンスだ。
「自由にできるのが市ケ尾の強み。この環境だから、自分も成長できたと思います」とは、中山の言葉である。
「餅は餅屋」の精神で、菅澤監督が技術面で細かいことを言うことはほぼない。大事にするのは、「目標に向かって最適な努力をしているかどうか」。「その取り組みでいいのか?」という問いかけを1年中続けている。
初の横浜スタジアムは市ケ尾にとっての甲子園
選手たちは、指揮官のうれし泣きをどう見ていたのか。「気持ちいいですね」と笑ったのは、キャプテンの平野遥大だ。
新チーム結成時、100項目からなる「夢リスト」を作った。その中にあったのが、「菅澤先生を勝って泣かせる」だったという。リストには「夏のベスト8」も入っていて、ともにクリアすることができた。
あと3つで甲子園となるが、監督はもちろん選手からも、甲子園の「こ」の字も聞こえてこない。平野が言う。
「本当に甲子園という言葉は出てきません。自分たちが本気で1年間やり通して、やり抜いて目指せるラインが、今回はベスト8。それに見合う取り組みが、この結果につながったと思います」
ひとつの大きな目標は達成した。次戦は、菅澤監督就任後初となる横浜スタジアム。4季連続甲子園を狙う王者・横浜と対する。菅澤監督は、「ウチにとっての甲子園です」と口にした。
「位置づけとしては、5回戦が県大会の決勝。それを勝てたので、次は甲子園です」
じつは、保土ケ谷球場で行なわれた4回戦、第2試合の市ケ尾の前に、横浜対東海大相模が組まれていた。外野席が開放され、1万人もの観客が集まったが、第2試合は5分の1以上にまで減っていた。菅澤監督は「これぐらいでいいですよ」と自虐気味に笑いながらも、「この雰囲気で横浜スタジアムで試合をさせてあげたいですね」と言った。
目標を叶えた先にどんな物語が待っているのか。3年生にとっては3年間、指揮官にとっては10年間の集大成であり、執大成。最高の舞台で、すべての力を出し尽くす。
(大利実 / Minoru Ohtoshi)
○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。