慶応、日本一以来のベスト4で王者に挑む
第108回全国高校野球選手権神奈川大会は7月21日、22日に準々決勝が行われ、横浜、慶応、鎌倉学園、桐光学園がベスト4に名乗りを上げた。慶応は日本一を果たした2023年以来の準決勝進出で、24日に県内37連勝中の王者・横浜と対戦する。
延長タイブレークにもつれ込んだ立花学園との準々決勝。10回2死二、三塁から大棒琉雅(だいぼう・りゅうが)がセンター前ヒットを放ち、4-3で逆転サヨナラ勝ちを収めると、選手たちは優勝したかのように歓喜の涙を流した。
森林貴彦監督は応援席への挨拶を終えると、三塁側に体を向けて、立花学園の選手たちに拍手を送った。温かいまなざしで、「ありがとう」と伝えているように見えた。
「こういう舞台で、これだけの試合をやらせてもらって、もう本当にありがたいことです。相手があっての試合ですからね。立花学園さんの強さや良さも、春に対戦してわかっていたことです。立花学園さんのおかげでこういう試合ができたこと、本当に感謝の意味で、自然に拍手が出ました」
春の準々決勝では序盤に主導権を握り、7-4で勝利。それでも、どちらに転んでもおかしくない展開で、実力は僅差だった。今夏は2回までに3-1とリードするも、6回から登板した2番手の渡辺英亜(わたなべ・えあ)が6回、7回と失点し、3-3で延長へ。9回を終えた時点で、安打数は立花学園が13、慶応が7で、常に押されている展開だった。
タイブレークの10回の守り、森林監督が伝えたのは「1点まではOK」。送りバントで一死二、三塁となったあと、内野手は後ろに下がった。ここでショートにゴロが飛ぶと、ショートの杉森大輝は三塁を狙った二塁走者の動きを見逃さずに、6→6のタッチプレーで2アウト。渡辺が後続を断ち、想定通りに1失点で食い止めた。
「(杉森のプレーは)3年前の甲子園の広陵戦を思い出しましたね。タイブレークで走者の状況も同じで。ぼくはファーストに投げるかなと思ったんですけど、杉森の本能というか、いい判断でしたね」(森林監督)
1点で凌げたことが、裏の逆転劇につながった。
キャプテンの重圧と戦った徳留主将
「7番・三塁」で出場し、4打数3安打と存在感を見せたのがキャプテンの徳留海だ。鹿児島出身で、鹿児島育英館中時代にはキャプテンとして全日本少年春季軟式野球大会で日本一を達成。「とにかく楽しそうにプレーしている」という慶応の野球に憧れて、鹿児島から神奈川に出てきた。
森林監督に徳留の話を振ると、しみじみと語り出した。
「いやもう、ひとりの選手としてもキャプテンとしても、非常に悩み深い秋冬春だったので、神様が少しご褒美をくれたのかな。コツコツやってきたキャプテンにご褒美をくれたと思うので、願わくば、もうちょっといただけるとありがたいです」
選手間投票で決まるキャプテン。野球に対する情熱と誠実な人柄が評価されて、徳留が選出された。赤松衡樹部長も「真面目。誰よりも練習をする選手」とその姿勢を称える。
ただ、選手としての能力が飛び抜けていたわけではない。昨秋は武相に初戦敗退。今春はベスト4まで勝ち進んだが、4回戦ではスタメンを外れ、スタメン出場の準々決勝、準決勝ではノーヒットに終わった。「うまくいかないことばかりだった」と徳留は振り返る。
「キャプテンとして、2年生から3年生になってプレッシャーが大きくなって、自分が勝たせなければいけない、絶対に打たなきゃいけない、自分はミスができないといろんなものを背負っていました」
キャプテンになったからこそわかる重圧。「今の取り組みで本当に勝てるのか」と、何度も自問自答した。
悩んだときには、森林監督に相談し、素直な気持ちを吐露した。さまざまな言葉をかけてもらった中で、徳留が「一番嬉しかった」と語る言葉がある。
心のモヤモヤが取れた森林監督からの助言
「これ以上、『頑張れ』とは言わないから、もう十分に頑張っているから、自分自身が正しいと思うことを整理して、それをどんどんやっていけばいいよ。絶対に、お前ならみんなが着いてくるから。最後の夏にあれをやっておけばよかったとか、そういう後悔だけはないようにしよう」
6月、健大高崎、花咲徳栄、浦和学院といった県外の強豪に勝ちきれない週が続いた。このままでいいのかどうか。森林監督の助言で、心のモヤモヤが晴れたという。
「これは夏の大会に入ってからですけど、もう腹をくくったというか、自分が前を向かないとチームも前に向けない。『思い切りやってやろう!』という気持ちが、今日の結果にもつながったと思います」
試合中は大きな声で周りを鼓舞し、守備を終えたときには満面の笑みで仲間のもとに戻って来る。
「めっちゃ、楽しいです!」
この一言に充実感が溢れ出ていた。
キャプテンから見た今年の強みはどこか――。
「元気で明るいところです。今日も終盤に入っても、『負ける気がしない!』という声がベンチで飛び交っていて、スタンドを見ても、メンバーに入れなった選手が毎試合、声をからして応援してくれている。ひとりひとりに、チームに対する愛を感じます」
目指すところは「日本一の主将」。次戦、日本一のために乗り越えなければいけない難敵が待っている。
高校生のミラクルパワーに期待
準決勝で戦うのは横浜。ここまで5試合すべてコールド勝ちと、前評判通りの力を見せている。
「本当に手ごわい相手ですけど、自分たちがコントロールできることをしっかりとやって、相手の野球に合わせない。自分たちらしく戦えれば、チャンスはあると思っています」(徳留)
森林監督は、どのようなプランで横浜戦を考えているか。
「今のうちの実力で普通に当たったらダメなので、勢いが加速する形で臨みたいと思っていました。結果的にですけど、(今日のサヨナラ勝ちは)願ったり叶ったりというか、最高の状態で横浜にぶつかれます」
全国を見渡すと、大阪桐蔭が敗れ、智弁学園が敗れ、山梨学院が敗れ、中京大中京が敗れ、ここ数日で優勝候補が続々と姿を消している。「負けたら終わり」のトーナメントだからこそ、追われる身の重圧は相当なものがある。
「この環境で、いつも通りのプレーは誰だってできないですよ。運の部分もあるし、試合の流れもある。トーナメントでやっている以上は、事前の下馬評では勝負は決まらない。次は、『横浜がコールドで勝つかな』みたいに思われている中で、うちがどういう試合ができるか。高校生って何を起こすかわからないので、彼らのミラクルパワーに期待します」
夏に横浜と慶応が対戦するのは、2023年の決勝以来となる。9回に渡邉千之亮(慶大)の逆転3ランで甲子園の切符を勝ち取り、チームスローガンの『KEIO日本一』を果たしたあの夏だ。
甲子園、そして日本一のためには、絶対に倒さなければいけない。チャレンジャー精神で、最高の相手に挑む。
(大利実 / Minoru Ohtoshi)
○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。