職員室で見た47年前の“伝説の試合” 高まった甲子園への憧れ…「代打の神様」の中学時代|球界群像 八木裕#2
現役時代は阪神で活躍した八木裕氏【写真:山口真司】阪神OBの八木氏が振り返る中学時代
ライバルの存在がレベルアップにつながった。元阪神で“代打の神様”としても知られた八木裕氏(野球評論家)は岡山・玉野市立東児中時代、投手としても注目を集める逸材だった。1979年の中学2年時から主戦投手で、3年時にはエースで4番の大黒柱になった。そんな成長の裏にあったのが、県内屈指の強豪校・玉野市立宇野中に負けたくないという思い。加えて岡山市立御南(みなん)中学のエースで4番、後に阪神で同僚になる選手にも刺激を受けたという。
玉野市立胸上小6年の時に、胸上野球スポーツ少年団のエース兼3番打者として岡山県大会優勝に貢献。その実績も引っ提げて東児中に進んだ八木氏だが「中学生って体の成長度がグッと上がるところなんでね。やっぱり1年生は3年生に絶対負けるので、1年の時はそんなに試合にも出ていなかった。地道な下積みっていうか、トレーニングが中心でした」と話す。小学校時代の“栄光”は関係なかったようだ。
「2年生になってからは一応、主戦で投げるようになりましたが、まぁ、僕もそんなにすごく良くはなかったと思います。2年の時は、市でも優勝していないと思うし、弱かったですよ。その頃は、あまりいい思い出がないですね」と苦笑しながら振り返った。ただ、そんな中学2年時の1979年8月16日、夏の甲子園第4試合で延長18回の末、箕島(和歌山)が星稜(石川)を4-3で下した激闘は印象深いそうだ。
同じエースで4番、阪神で同僚だった横谷総一氏の存在
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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