イチローが機内で始めた話…「断然、1票足りないほうがいい」の真意 米殿堂入りの翌朝、蘇った16年前の言葉|ICHIRO:10,000分の対話 #1

2025年に米野球殿堂入りを果たしたイチロー氏【写真:アフロ】2025年に米野球殿堂入りを果たしたイチロー氏【写真:アフロ】

右斜め上のほうから聞こえてくるイチローの言葉…“人の先を行った”2009年WBC

 驚かされて、でも納得させられる。

 イチローがメジャーへ挑んだ2001年以降、渡米は優に100回を超え、インタビューでイチローの言葉を浴びた時間は10000分を超えている。それでも、今も変わることなく彼の言葉はいつも予想を超えて、真上でなく右斜め上のほうから聞こえてくる。初めてそう思わされたのはいつのことだったか……まず思い浮かんだのが2009年、2度目のWBCに出場する直前にイチローから聞いたこんな話だった。質問がナスティな攻め方だったこともあって、イチローは訊き手のことをチクリと刺しながらこう言った。

――3年前(2006年)のWBCが終わったあと、イチローさんが「激アツは計算だった」と仰ったのは衝撃的でした。今回のWBCはどんな“計算”をして臨むんですか。

「そういう、ちょっとイヤらしい見方をするならば(笑)、常に先を行かなければいけないということです。僕がそうすることによって、人が後からついてくるという状態を常に意識しなければならない。何かをする側が後をついていくようではまずいわけです。やる側は常に先を行っていなければいけないんですけど、でも、あまり先を行きすぎるとややこしくなる。そのバランスをどう取るかというところが大事なので、そこを考えなければなりません。それを計算とか打算という概念だと言うなら、前回のイメージ通りではつまらないですよね。それでは僕が先へ行っているとは言えませんから……。そう考えることは楽しいし、僕ならそうでなくてはいけないとも考えています」

 そして、やはりイチローは人の先を行った。まさかの“打てないイチロー”に誰もが言葉を失ったのである。振り返れば第2回のWBCでイチローが残した数字は、9試合で44打数12安打、打率は.273。12本のヒットは青木宣親と並んでチーム最多だった。しかし決勝戦を除くと、その数字は8試合で38打数8安打、打率.211、得点圏では11打数2安打で打率.182になってしまう。チームに勢いをつけたい第1打席にヒットが出たのは、準決勝までに限れば1次ラウンドの韓国戦だけ。残りの7試合は第1打席どころか、3打席目までに広げても1本のヒットも打てなかった。

 それが決勝の韓国戦で、なかったはずの打席が巡ってくる。3-2と日本が1点をリードして迎えた9回裏、抑えに抜擢されたダルビッシュ有が世界一を目前にしながら同点タイムリーを許してしまったのだ。延長に突入したおかげでイチローにチャンスが残った。延長10回、打席にイチローが入る。そして、苦しみ抜いた世界一のヒットマンが2死二、三塁からセンター前へ、勝ち越しの2点タイムリーを放った。第1回のWBCではよもやの激アツなイメージを披露してくれたイチローだったが、第2回のWBCで、まさかイチローの“折れかけた心”に世の人々が心を揺さぶられることになるとは、誰一人として想像しなかった。イチローは当時をこう振り返る。

「あのときほど自分が流れに巻き込まれたという経験はしたことがありません。それまではいろんなものを自分の世界に巻き込んできましたけど、僕が巻き込まれてしまった。しかもそういう流れを意識して、グラウンド上で影響されてしまいました。それも悪いほうへ……。僕は自分が最高の状態じゃなくても結果は残せると思っていました。要するに、負けたんでしょう。大きな流れに勝てなかったということだと思います」

2009年のWBC決勝で10回に決勝2点適時打を放つイチロー【写真:アフロ】2009年のWBC決勝で10回に決勝2点適時打を放つイチロー【写真:アフロ】

 あのとき、イチローは「負けた」と言ったあと、「勝てなかった」と言い直した。経験したことのないプレッシャーの中、負けたままで終わらなかったイチローの自負が垣間見える。

「最後だけですからね。ホントに最後だけ、僕がいただいちゃったんです。それまでのことを思えば、ちょっと先じゃなくて、だいぶ先を行ってしまいました。ただ、究極の上と下には通じるものがあります。人の目というのは、すごくやるか、すごくやらないかのどちらかでしか興味を引くことができません。人の評価に“間”はないんです。でも、僕にとってはその“間”が深みを与えてくれることがあった、ということです」

 2009年の春、日本中の人々は苦しむイチローの姿を見て憂い、最後のヒットに狂喜した。間はない――しかしイチローは勝ったわけでもなく、負けたわけでもない、彼だけが感じ取る“間”に救われたのだ。

愛用するデニムのエプロン…素人の域を遥かに超えた料理の腕前

 この言葉が蘇ったのが昨年の1月、アメリカ野球殿堂入りを決めた翌朝のことだった。シアトルからクーパーズタウンへ移動するプライベートジェットの機内で、イチローはこんな話を始めた。

「おそらくこの先の人生で、もうあり得ないくらいの数のお祝いメッセージをいただきました。おもしろいなと思ったのは、そのほとんどが満票でなかったことが悔しい、僕に投票しなかったのは誰なんだって感じだったことです。みんな、満票のほうがいいと思っているんですよね。でも満票だった場合と1票足りなかった場合、どっちが僕にとってこれからの将来を考えさせてもらえる数字かと考えたら、断然、1票足りないほうがいいわけです。もし満票だったら『すごいね、やったね、気持ちいいなぁ、以上』で終わりでしょう。1票足りなかったからこそ、不完全であるから進める、頑張れる、そういうストーリーが生まれる。それがいいじゃないですか。2票足りなかったら悔しいし、なぜだと思う。満票なら満たされて終わり。この場合の“間”は、“1票足りない”しかないんです」

イチローの人生に満足という2文字はない【写真:ロイター】イチローの人生に満足という2文字はない【写真:ロイター】

 ヒットなのに満足できず、凡打でも人知れずほくそえむ。それは、イチローがいいと悪いの“間”を大切にして、次の結果と自らの成長につなげてきたからに他ならない。

 いろんなことが足りていないからこそ、人は自分なりの完璧を追い求めて進んでいく。それが人生だと思う、と語ったイチロー。不完全な自分と向き合えることをよかったと考えられるからこそ、イチローは52歳になった今も、前へ進んでいるのだろう。

 ちなみに最近のイチローがハマっている料理のレパートリーは増える一方。メジャーでプレーしていたときは万が一の怪我を考えて包丁を握ったこともなかったのに、今や料理人としても前へ進んでいる。チーズリゾット、スパゲティのカルボナーラにカチョエペペ、オムライスから、最近は餃子へ幅を広げているのだという。プロではないが、素人の域は遥かに超えた。愛用するデニムのエプロンをつけて、イチローは今日も自宅のキッチンに立っている(はずだ)。

(石田雄太 / Yuta Ishida)

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