西武・森脇亮介が忘れぬ真夏のカイロ「右腕が上がらない」 支えだった“守護神”…取り戻した「こだわり」

西武・森脇亮介【写真:加治屋友輝】
西武・森脇亮介【写真:加治屋友輝】

「このタイミングで電話がかかってくるということは、わかると思うけれど…」

 右上腕動脈閉塞症を患い、一度、育成契約になるも、今季34歳にして3年ぶりの支配下登録復帰と1軍登板を勝ち取った西武の中継ぎ右腕・森脇亮介投手。ここまで16試合に登板し1勝1敗6ホールド、防御率2.57と好投を続けている。(成績は全て24日現在)。苦闘の跡を右腕が振り返った。

“朗報”は6月29日、広池浩司取締役球団本部長からもたらされた。「『このタイミングで電話がかかってくるということは、何の事だかわかると思うけれど、体は大丈夫?』と聞かれて、『大丈夫です』と答えました」。翌30日に支配下登録を行うという知らせだった。

「いつかは、と思っていたので、ついに来たか、という気持ちでした。まずは、シーズンの残り試合で何試合投げられるかな、と考えました。舞い上がるというより、どちらかというと冷静に受け止めたと思います。普段からあまり、はしゃぐ方ではないです」と唇を綻ばせる。

 京都・塔南高、日大、セガサミーを経て、2018年ドラフト6位で西武に入団。1年目から中継ぎで頭角を現し、2年目の2020年から3年連続40試合以上に登板する奮闘ぶりだった。

 ところが2023年7月10日、京セラドームで行われたソフトバンク戦に登板した後、異変が生じた。「突然右腕が上がらなくなりました。宿舎のホテルに戻った後、シャンプーの容器を左手でしか持てなかったほどです。(患部を)触ってみると冷え切っていて、自分の体に何が起こっているのかと不安になりました」。2日後の同12日に北九州市民球場で行われた同戦では、熱帯夜のナイターにも関わらず、カイロを持ってブルペンに向かい、肩をつくり始める直前まで右腕を温めた。

 その後、出場選手登録を抹消。診察の結果、「右上腕動脈閉塞症」が判明する。この年、31試合で2勝1敗3セーブ12ホールド、防御率1.95という好成績を残しながら、早々と7月でシーズンを終え、長い闘病生活に入ったのだった。

インタビューに応じた西武・森脇亮介【写真:小林靖】
インタビューに応じた西武・森脇亮介【写真:小林靖】

あえてメスを入れることを選択「リハビリ期間が長くなっても…」

 血管が詰まる病気で、治療には血管内に細長い医療用の管(カテーテル)を通す、負担の小さい方法もあったが、再発の可能性が残ると説明された。森脇は「リハビリ期間が長くなったとしても、手術後に再発リスクが低く、何の心配もなく野球をやれる方がいい」と考え、患部の血管にメスを入れて縦に割き、パッチを当てて血管を広げる「上腕動脈パッチ形成術」を選択した。

「指の感覚を司る正中神経に触らなくてはならない手術だったので、術後しばらく、手のしびれがなかなか取れませんでした。イボイボのついたボールを握ったり、電気で振動するボールを持ったりして、とにかく手に刺激を与えていました」と手術直後を振り返る。

「『もうダメかな』と思ったことはありません。ただ、先が見えない時期はありました。『投げられるようになるだろう』と漠然としたイメージを持ちつつ、『本当にこの手が動くようになるのだろうか』、『しびれはなくなるのだろうか』と不安になることがありました」と、五里霧中の闘いだった。

 栗山巧外野手のパーソナルトレーナーとして知られる、旧知の大川達也氏のサポートも受けた。「肩が上がらないくらいの時期から、本当にイチから付きっ切りでトレーニングを指導していただきました。筋量を増やし、怪我をしにくい体づくりに取り組みました。そのトレーニングがなかったら、おそらくここまで戻れていないと思います」と感謝する。

 現役時代に西武の守護神として通算194セーブをマークし、ともにブルペンを支え、一昨年限りで引退した増田達至氏にも励まされた。「球場に来られた時に、『いい感じになってきてるやん、戻ってきてるやん』と声をかけてもらえたのがうれしかったです」と目を細めた。

西武・森脇亮介【写真:小林靖】
西武・森脇亮介【写真:小林靖】

「出力に物足りなさを感じて」独特だったフォームも変更

 リハビリの中で思うように球威が戻らず、投球フォームを変えた。以前は左足を上げ、下げた瞬間に動きを止め、棒立ちに近い状態から投げ込んでいた。この独特のフォームが、相手打者にとってはタイミングを合わせづらかったが、今は動きを止めるところをなくし、スムーズな流れに修正している。

「今年ファームの試合に登板する中で、出力に物足りなさを感じました。1度動きを止めると、その後でもう1度パワーをつくり直さなければならないフェーズがあり、多少ロスがありました。足を上げた時の勢いをしっかりボールに伝えるために、スムーズな形にしました。今後どうなるかはわかりませんが、今はこういう形になっています」と説明する。

 こうして森脇は7月3日、ほっともっとフィールド神戸で行われたオリックス戦で、1087日ぶりに1軍マウンドに立った。1点ビハインドの6回という重要な場面だった。「マウンドに上がるまでは少し感慨深いものもありましたが、いざ上がってランナーが出たら、『そんなことを思っている場合ではない。ゼロで抑えないといけない』となりました。あそこで1点、2点と取られるのと、ゼロで帰ってくるのでは天地の差がありますから。一気に闘争モードに入りました」と苦笑する。

 2安打1四球で2死満塁のピンチを招き、打席にパ・リーグ屈指の好打者である西川龍馬外野手を迎えた。フォークと144キロのストレートでカウント1-2と追い込んだ後、内角への128キロのカットボールで空振り三振に仕留めた。「気持ちよかった、というよりはホッとしたのが本音です」と口元を緩めた。

 以降、1軍で貴重な中継ぎとして投げ続ける森脇の背中には、プロ入り当時からの背番号「28」がある。育成選手になった時には「127」に変更されたが、支配下復帰とともに取り戻した格好だ。

「これはご本人にも言っていないことですが、僕はこの背番号を、尊敬する増田さんの現役時代の『14』の倍と思っていて、こだわりがあります」と明かす。「『127』になった時は『1+27で、絶対28に戻る』ことを目標にやっていたので、叶えることができてうれしいです」とうなずいた。

「28」とともに、3年間のブランクを支えてくれた人たちの思いも背負い、森脇は右腕を振り続ける。

(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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