野球小説の大家がイチローに共鳴した理由 「馬鹿げた空想」と思わせない“不朽の名作”創出…W.P.キンセラの実像【マイ・メジャー・ノート】

トウモロコシ畑からでてくるフィリーズとツインズのナイン【写真:アフロ】トウモロコシ畑からでてくるフィリーズとツインズのナイン【写真:アフロ】

映画『フィールド・オブ・ドリームス』の原作者、W.P.キンセラの実像

 1989年公開の映画『フィールド・オブ・ドリームス』(日本では1990年公開)にちなんだフィリーズとツインズの特別公式戦が13日(日本時間14日)、映画の舞台となった米アイオア州東部の田舎町ダイアーズビルで行われた。野球映画の金字塔となった同作へのオマージュとして2021年に同地で初めて行われた「MLB at フィールド・オブ・ドリームス」は、新設球場で4年ぶり3回目の開催となった。37年前の映画が、世代を超えて世界中の野球ファンを魅了するのはなぜか。物語の原作者W.P.キンセラの実像にヒントがある。【全2回の後編】

 朝からの荒天も、試合開始3時間前には収まった。新設球場の外野フェンスのすぐ後ろには緑豊かなトウモロコシ畑が広がり、風で波のように揺れる穂が名作映画の情景と重なった。

 全米公開から37年が経った。ここで、映画を簡単にまとめる。

 舞台は、1980年代のアイオアにある田舎町。そこで農場を営む主人公のレイ・キンセラ(ケビン・コスナー)はある日、「それを作れば彼はやって来る」という天の声を聞く。一大決心で所有するトウモロコシ畑をつぶし野球場を造ると、そこへやって来たのは、ベーブ・ルースと同じ1900年代初頭に活躍した往年の名選手、“シューレス・ジョー”だった。ワールド・シリーズで八百長を働いたとして(ブラックソックス事件)球界を追放されたジョー・ジャクソンは、野球をする場を奪われていた。

 レイの耳に次々と届く天の声に従うと、野球にまつわる心の痛みや悔いを残した作家、医者、ついにはケンカ別れしたままこの世を去ったレイの父ジョー・キンセラまでもが、この球場へとやって来た。レイと若き日の父とのキャッチボールは、このファンタジー映画のハイライトである。

 月日は流れても、この映画が与えてくれる感動は今も変わらない。「If you build it, he will come」(君がそれを作れば、彼はやって来る)は、映画史に残る名セリフの一つとして人々の心に刻まれている。世代を超えて語り継がれている『フィールド・オブ・ドリームス』は、カナダ人の作家W.P.キンセラが1982年に発表した『シューレス・ジョー』をフィル・ロビンソンが脚本化し、監督も務めた。

 数々の野球小説を発表し、日本にも多くのファンを持つキンセラとは、どういう人物だったのか。2019年に他界したこの作家を知り尽くしている人物がいる。リプスコム大(テネシー州)で米文学を教えるウィリー・スティール教授である。16歳の夏、スティール氏は、その後の人生を決める映画と出合った。

 1989年夏に大ヒットした『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』を観る家族と分かれ、1人で『フィールド・オブ・ドリームス』を上映する映画館に入った。死んだ選手たちがアイオアのフィールドに天から降り立ち、野球をするという物語に魅了された。その時、キンセラの存在を知らなかった青年は、本屋で手にした1冊に映画とは違った奥深さを感じ取った。

W.P.キンセラとウィリー・スティール教授の著作【写真:木崎英夫】W.P.キンセラとウィリー・スティール教授の著作【写真:木崎英夫】

キンセラを知り尽くす ウィリー・スティール教授

 大学院で修士論文に選んだテーマは、キンセラの小説と脚本化された映画を比較した、「父と息子の関係」についてだった。その動機をウィリー氏が語る。

「正直に言いますと、野球が題材でOKがもらえるとは思っていませんでした。ダメ元でした。でも、明確にしていたテーマが認められたんでしょうね。論文担当の先生から『面白そうだね』って言われた時は、下を向いてクスッと笑いそうになりました。“1打数1安打”っていう気持ちでした」

 ここから、偶然の連鎖が始まる。

 オレゴン州の大学で教えていた2000年のある日、ウィリー氏は地元の書店で行われたキンセラのサイン会に出かけた。自分の順番が来ると、購入した新刊本と大切に保管していた修士論文を差し出した。キンセラは怪訝そうな顔で論文にサインしたという。キンセラは学者を好まず、閉鎖的なアカデミアの空気を嫌い、教授を辞めた過去を持つ。

 あの時見た仏頂面もいとわず、ウィリー氏は博士論文のテーマにもキンセラを据えた。「これもダメ元。でもまた、ゴーサインが出ました! “2打数2安打”です」。2005年、キンセラの野球小説全てを研究した労作は審査委員から絶賛され、「出版したらどうか」の声が上がった。その後に出版社に送った論文が編集者の興味を引き、『A Member of the Local Nine』(2012年)が書店に並んだ。これが、ウィリー氏とW.P.キンセラの友情の序章となる。

 思いもよらないメールがウィリー氏に届いた。

「忘れもしません、2012年の11月でした。『私の伝記を書くことに興味はありますか』と書いてある。送信者はW.P.キンセラ。こりゃもう誰かのイタズラだって思って、すぐに兄と弟に電話をしたんです。そしたら逆に怒られて。いきなりの大役に即答はできませんでしたが、妻の『やってみたら』の一言で決めました。その時の気持ちですか? “3打数3安打”を狙うぞっていう気持ちでしたかね(笑)」

リプスコム大で米文学を教えるウィリー・スティール教授【写真:木崎英夫】リプスコム大で米文学を教えるウィリー・スティール教授【写真:木崎英夫】

スティール教授が上梓したキンセラの自伝

 カナダ西部の大都市バンクーバーの北東に位置する小さな町イェールに住むキンセラを訪ねたのは、2013年の8月終わりだった。取材を終えたウィリー氏には、550ページにも及ぶメモと、段ボール数箱が用意されていた。その中には、キンセラが40年間毎日欠かさずつけていた日記が入っていた。その全てを読むと決め、分からないことは電話とメールで聞いた。キンセラは協力を惜しまなかった。オタワのカナダ国立図書館にある160箱分の資料に、個人的にアクセスできる許可も取ってくれたという。

 そして、4年をかけて練り上げた『Going The Distance』(2018年)を完成させた。キンセラと血の通う言葉を交わしてきたウィリー氏がこんなことを言った。

「書いていて分かったのが、どうして彼が自分の半生を世に出したいと思ったかということです。キンセラは、人に覚えていて欲しかったんです。彼は孤独な少年時代を過ごしています。その寂しさとも通じているのかなとも感じました」

 味読に値するキンセラの自伝を上梓した翌年、ウィリー氏に耳を疑う知らせが届く。9月半ばの月曜日の朝だった。キンセラの末娘から電話が入った。

「最愛の父が今週の金曜日にこの世を去ります。最後に、聞きたいことがあれば言ってください」

 長年患っていた癌の激痛に耐えかねたキンセラは、安楽死を選んだ。2016年から、カナダでは終末期患者への医師による自殺幇助が認められている。病室で付き添っていた娘のiPadからキンセラの旅立ちの言葉が届いた。ウィリー氏が問いかけた、「どう覚えていて欲しいか」の答えだった。

「読者の顔には微笑みと、目には涙を残した、そういう作家だったと記憶してもらいたい……」

マリナーズ時代のイチロー氏【写真:アフロ】マリナーズ時代のイチロー氏【写真:アフロ】

何度も足を運んだマリナーズ本拠地…愛したイチローのプレースタイル

 キンセラの心の中には、職人気質のようなものがあったとウィリー氏は言う。

「自分を律することを美徳と考えていましたね。口癖は、『書くことについて話したがる作家がたくさんいる。でも彼らは書くことをしない』でした。準備をしない作家が多いことによく腹を立てていました。質問をするメディアにも同じような不満を漏らしていました。くだらない質問に答える時間なんてないってね」

 キンセラは、「今日はこれだけ書く」と決めて、体調が悪くてもペンを走らせた。そのキンセラが、2001年に理想とする野球選手を目にする。自分のプレーを極限まで突き詰める姿勢で日々の試合に臨むイチローの登場である。

「キンセラは、大のマリナーズファンでした。カナダから車でシアトルによく観戦に来ていました。野球の粋が詰まった緻密なスモールボールを体現したイチローをキンセラが好きになるのも分かりますよ。日記にも、マリナーズの試合結果がよく出てきます。ひいきのチームがワールド・シリーズ進出を果たせなかった悔しさがにじむ記述もありますよ」

 話を聞いていると、イチローが入団会見で発した言葉の残響が広がってきた。

 マリナーズの本拠地セーフコ・フィールド(現T-モバイル・パーク)で行った入団会見で、“フィールド・オブ・ドリームス”に立った気持ちを問われ、「本当に映画の世界にいるようです」と答えている。人の心の寄辺を野球で紡ぐキンセラの物語が縦糸だとすれば、野球という競技に深い忠誠と敬意を示すイチローのプレーは横糸になる。この2つが織りなされて出来上がった端正な1枚の布を、私は見たかった。

キンセラの貴重な日記が収められた箱【写真:木崎英夫】キンセラの貴重な日記が収められた箱【写真:木崎英夫】

単なる野球映画ではない『フィールド・オブ・ドリームス』

 試合前、撮影場所のフィールドに行った。赤いスウェットを着た白髪の女性が、マウンドから捕手役の孫にボールを投げる姿があった。聞けば、「亡くなったおじいちゃんになりかわって投げたのよ」と目に微笑を含ませた。

 野球愛に満ちたキンセラの実像を教えてくれたウィリー・スティール氏は、2021年の「MLB at フィールド・オブ・ドリームス」を観戦している。キンセラの他界から7か月後に急逝した父が愛用していたグラブを手に、愛娘と映画のフィールドでキャッチボールをすると自然と涙がこぼれたと明かす。

 キンセラが書いた小説から生まれた作品は、単なる野球映画ではない。過ぎ去った時間、家族への思い、やり直すことのできない人生への後悔……。「馬鹿げた空想だ」と言わせない何かをアメリカの代名詞である野球に映したウイリアム・パトリック・キンセラ。

 その物語は今も、失った誰かとの時間をもう一度、アイオアのトウモロコシ畑にできた球場に呼び戻している——。

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【マイ・メジャー・ノート】
1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト・木崎英夫記者による深堀りコラム。現場での取材からはもちろん、豊富な取材メモから送るエピソードも。コアなMLBファンのための記事を原則週1本配信。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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