失投ではなかった…代打・中村剛也に浴びた満塁弾の衝撃
プロ初被弾は大きすぎるインパクトを残した。楽天の若きリリーバー・泰勝利(たい・かつとし)投手がプロで初の本塁打を浴びた相手は、西武の中村剛也内野手だった。8月21日の西武 戦(楽天モバイル最強パーク)。2-2の延長11回にマウンドに上がった。3四球で2死満塁となり、代打・中村剛。臆することなく全球直球勝負で挑み1ボール2ストライクと追い込んだ4球目、インコースへのストレートを左翼席に運ばれた。
「2死満塁。僕も追い込まれていましたけど、中村さんにもプレッシャーはあったはず。でもそれが全く見えなかったんです。カウントも投手有利で、コントロールも悪くなかったんですけど。体をくるっとたたんで運ばれました」
打球が落ちたのはホームランテラスだが、その技術の高さに衝撃を受けた。
「普通、ホームランになるボールの打球速度は160キロくらい。でもあの打球は140キロくらいなんです(144キロ)。技術で入れたホームランだと感じました。外れたボールには手を出さず、好きなところに来たボールを打つ。『いつでも打てるんだぞ』という感じがすごくて。球を選ばれている感じがしました」。勝負から逃げたわけではない。失投でもなかった。だからこそ、脳裏に深く刻まれている。
しかし泰はそのとき、「中村剛也」という超一流打者をほとんど認識していなかった。
「“おかわり君”と呼ばれていることは知っていました。だからきっとホームランをたくさん打つんだろうなと。ただ、通算で何本打っているのかは知らなかったです」
11月で23歳になる泰から放った満塁弾は、中村剛の23年連続本塁打でもある。泰が生まれたときにはすでに1軍デビューしていた中村剛の全盛期を知らぬままプロ入りを果たした左腕は、対戦前の時点で通算481本塁打という中村剛の持つ数字からではなく、対峙したわずか4球でそのレベルの高さを感じ取った。
神村学園高では寮生活…プロ野球中継はほぼ見ずに過ごした
2021年ドラフト4位で神村学園高から楽天入り。鹿児島県大島郡出身の島育ちで、「テレビでは巨人戦しか放送していなかった」と、プロ野球を見る機会はほとんどなかったが、父の勧めで1歳上の姉とともに野球を始めた。野球部がない中学に進学したことから友達と野球談議に花を咲かせる機会が増えることはなく、練習相手も家族。「ピッチングとロングティーしかできなかったです(苦笑)」と振り返り、姉が神村学園高に進学してからは捕手役を務める母と、毎日2人で練習に打ち込んだ。
「小学6年のときにお父さんが『もう受けられない』と言ったので、防具をつけてお母さんが受けてくれていました」と笑う。だが母に野球経験はなく、学生時代にクラブ活動でソフトボールをしていた程度だという。それでも、今でも帰ったときのキャッチボール相手を務めてくれる母との日々が、泰の投手としての基盤である。
そのようにして、のどかでのびのびと成長を遂げた左腕は姉の影響で神村学園高に進学。野球漬けの日々を送った。寮生活のためテレビを見る機会はほとんどなく、動画と言えば自身の投球の参考にするための左腕のものばかりで、プロ野球にはほとんど触れずにプロ入りを果たしたのだった。
試合よりも選手のデータを見るほうが好きだという。投手のあらゆるデータに目を通し、自分のレベルアップのためにはどこの数字を強化すべきかを考える。プロ2年目には左肘のトミー・ジョン手術を受け、リハビリ期間は体の強化に努めた。驚きだったのは復活イヤーとなった2024年。顔を見るまでは誰だかわからないほど泰の体は肩幅、腕、下半身と太く分厚くなっていた。
「身長があるわけではないので、出力を上げるには筋力が必要になるので」
そうして磨き上げられたストレートを武器にその年は2軍で30セーブを挙げてタイトルを獲得。昨季は1軍初登板を果たし初勝利も挙げた。1軍登板はわずか6試合ながら14奪三振。直球で押すスタイルで次代のブルペンを担う左腕として存在感を示した。
誓った“おかわり君”へのリベンジ「使えるもの全て使って抑えたい」
今季はコンディション不良の影響で出遅れたものの、6月11日に1軍昇格。厳しい状況でもマウンドに上がり、勝ちパターンを任される試合も増えた。だが「名前まで頭に入れてしまうと覚えられない」と、マウンドに上がる前に確認するのは打者の背番号とその選手のデータのみで、過去の成績やタイトルなどはほとんど知らない。中村剛に対しても先入観を持たずに対峙したというわけだ。
だが今では「一番印象に残っている打者」になった。だからこそ、リベンジの舞台では自分が持てるすべてを出して挑みたいという。
「全球種、使えるものはすべて使って抑えたいです。そうでもしないとちょっと抑えられないかなと思うほどの選手。今はいいイメージを持たれていると思うのでそれくらいしてでも、圧倒したいですね」
中村剛から受けた一流の洗礼。それはプロのレベルの高さを突きつけられるものだったが、同時に野球の楽しさを感じる瞬間でもあった。「コースや球質がよくても、相手がバットを持っている以上は打たれることもありますし、状態が良くない中でも抑えることもある。『野球しているな』って感じがして面白いですね」とまだあどけなさが残る表情で少年のようにキラキラと瞳を輝かせる。
今はまだ信頼を勝ち取ったとは言えないが、それでも今季の経験のすべてが泰をさらなる高みへと引き上げてくれるはずだ。「ゼロで抑えても反省点はありますし、今はまだフォームもボールも試行錯誤中。そういったことを1軍のマウンドで試すことができるのはとてもありがたいことですし、充実しているなと感じます」。
プロ5年目。来季求められるのは“結果”だ。「今年はたくさんチャンスをもらえているのでそこを掴みきれるか、来年にどれくらいつなげられるかが大事になってくる」と言葉に力を込めた。島育ちの剛腕のプロ野球人生はまだ始まったばかり。一流打者と至高の戦いを繰り返しながら、自身も一流ピッチャーへの階段を一段一段、上がっていく。
(阿部ちはる/Chiharu Abe)