プロ8年目、野手転向5年目…106試合で打率.283、4本塁打、33打点
野手転向5年目は、飛躍のシーズンとなった。DeNAの勝又温史外野手は106試合に出場して打率.283、4本塁打、33打点。終盤は調子を落として惜しくも100安打には届かなかったが、“苦労人”がプロ8年目にしてスポットライトを浴びる姿に心を打たれた人は多かっただろう。昨季までDeNAで指導者として勝又を見てきた石井琢朗氏(現巨人2軍監督)も「かっちゃん(勝又)こそ、俺の教本」と感慨深げな表情を浮かべた。
今はライバルチーム。それでも勝又の話題になれば、自然と目尻が下がる。「敵だと言われるかもしれないけど、かっちゃんだけはうれしいよ。苦労を知っているからね。やることをやっていたし、だから今年の活躍はうれしいよね」。近くで見てきたからこそ、ここまで来られたことの意味を噛み締めていた。
石井氏は1988年ドラフト外で横浜大洋(現DeNA)に投手として入団。1992年に内野手登録となった。1993年に自身初めて100安打をクリアして110安打を放つと、10年連続を含む13度100安打以上をマークした。2006年に146試合でキャリア最多タイの174安打を放っている。
それから20年のときが経った。勝又は2018年ドラフト4位で日大鶴ヶ丘高から投手として入団したが、イップスを経験するなど1軍登板はかなわず2021年限りで戦力外となり、育成契約で野手として再スタートを切った。2023年オフに支配下に復帰し、2025年に1軍デビューを果たすと、今季巡ってきたチャンスを逃さずブレークした。
石井琢朗氏「自分と被るというよりは、すごいなって思っていましたよ」
2022年からDeNAでコーチを務めた石井氏は、2025年は「野手コーチ」として主に2軍で指導した。今季から巨人の2軍監督となり、自軍の若手たちに勝又の“生き様”を例に出して、こう説いているのだという。
「かっちゃんのすごいところは、これと決めたらずっとやり通す。キャンプのときは自分が1日1000スイングって言ったら、練習が終わっても黙々とやって、終えてから帰るという日課だった。おそらく今もそうやって取り組んでいるんじゃないかな。それは今、ここ(巨人)の選手にも話をさせてもらっている。それが全てではないけれど、そういう姿勢ってすごく大事なんじゃないかって。印象的なのは『練習はお守り』っていう言葉で、それはかっちゃんだからこそ出てくる言葉だと思う。『そういう気概でやっているのか?』『それくらいやらないといけないんだよ』という話はさせてもらっていますね」
石井氏も野手転向時、とにかくノックを受けて、とにかくバットを振った。「自分では当たり前だと思っていたけれど、周りからはよく練習すると言われていたかな。転向して一からだったから、人一倍じゃ済まされない、2倍も3倍もやらないといけなかったから」と過酷だった日々を振り返る。
勝又に対して、同じ立場だからこそのアドバイスを送ったことは何度もある。「転向した身として、そういう視線では見ていた。でも自分と被るというよりは『俺以上だな。俺、こんなにやっていなかったよな』って思っていたから、すごいなって思っていましたよ」。石井氏から見ても、勝又は凄まじいほど必死の日々を過ごしていた。
決して天才的な打撃ができるわけではない。泥臭く食らいついてヒットを放つ。石井氏も「かっちゃんの場合は練習量しかないと思っていた。形とかじゃない。打ったときの力はあるけれど、再現性や確実性を考えたら正直『まだまだだな』って思ったから。でもあの練習をやる姿を見ていれば『もしかしたら』と思わされるし、『試合に出させてあげたいな、出られればいいな』っていうのはずっと思っていた」と明かした。
「俺もああいう選手と巡り合えてよかったなって思っています」
今季初昇格は、感染症特例の代替選手だった。もしかしたら数日しかなかったかも知れないチャンスをしっかりと掴んだ。8月は22試合で打率.157と不振に陥り、9月10日に再調整に。同21日に1軍復帰した。シーズンを通して安定した成績を残すことや、守備・走塁面も含めて向上しなくてはいけない部分はまだある。それでも野球の神様は、確かに勝又に微笑んでいた。
きっとこれからも努力し続ける。だからこそ石井氏は「ちょっと苦しんだけど仕方ないこと。全然上出来、十分だと思う。ただいくら打てても守れなかったら試合に出られないから。やっぱり守備なんだよね。河田さん(1軍外野守備走塁戦術・育成兼ベースコーチ)もいるし、もっと可能性のある選手だと思いますよ」とエールを送った。
「かっちゃんに対して、文句っていうか悪いことを言う人、いないんじゃない? みんな見ているから、あの姿を。『やっぱり。そりゃそうだよね』って。俺もああいう選手と巡り合えてよかったなって思っています。練習は嘘をつかないっていう言葉の、何て言うのかな、実写版みたいな男でしょう(笑)」
ひたむきで真っすぐ。誰もが応援したくなる「かっちゃん」が、プロ8年目でついに、多くの人を笑顔にした。
(町田利衣 / Rie Machida)