チーム最多の12勝も…悩まされた感覚のズレ
ロッキーズの菅野智之投手は今季、昨年の10勝に続き2桁の12勝(12敗)をマーク。2019年以降では、ヘルマン・マルケス投手が同年と2021年に記録した12勝に並ぶ“チーム最多勝”となった。夏場には白星から遠ざかり苦しんだが、4年連続100敗超を喫したチームの先発陣で最多の29試合に登板。高地デンバーのチームで難を乗り切ったメジャー2年目の36歳右腕を見届ける。【全2回の後編】
10月6日(日本時間7日)、ロッキーズ野球部門の責任者であるポール・デポデスタ編成本部長は会見を開き、4年連続で100敗(58勝104敗)となった今季を総括。増えた白星と減った黒星の数はともに「15」となり昨季の43勝119敗から上向いたが、来季の補強ポイントを明確にした。
「8月3日(同4日)のトレード期限以降の先発投手陣の防御率は約7.00だった。最初の2イニングで大きなビハインドを背負う試合があまりにも多かった」
チーム最多の12勝を挙げた菅野も後半は苦しんだ。8月11日(同12日)のダイヤモンドバックス戦で勝利して以降、9月25日(同26日)の最終登板までの8試合を0勝7敗で終えた。ただ、この失速には、標高の高い本拠地とどん底のチーム事情も絡んでいた。
メジャー1年目の昨季、菅野はオリオールズで1度もローテーションを外れることなく30登板を果たしている。今季もそこを目標の一つとして臨んだが、前編で書いた通り、標高が高い本拠地クアーズ・フィールドと敵地では変化量に差が出て感覚のズレに悩まされた。これは、物理学で明らかにされている「マグヌス効果」の影響である。
マグヌス効果とは、流体や空気の中を回転しながら移動する物体の両側に生じる圧力差によって起こる現象。投球ではボールの回転と速度、そしてホームプレートに向かっていく際に受ける空気抵抗が組み合わさり、ボールの両側に圧力差が生じ、変化する。しかし、空気が薄いクアーズ・フィールドでは空気抵抗が小さくなり、他の球場ほど大きく変化しなくなる。
菅野はリリース感覚を微調整しながらマウンドに立ち続けたが、必然的に生じるストレスが身体にも悪影響を及ぼした。「背中の張り」を訴えたのは、前半戦終了まで8日となった7月4日(同5日)のこと。その日予定していたジャイアンツ戦の登板を急きょ回避し、渡米後初めて負傷者リスト(IL)入りした。
高地デンバーで“中3.5日”…蓄積する疲労、変えた調整法
ロッキーズは打撃陣の奮闘で、前半戦を39勝58敗で折り返した。ウォーレン・シェーファー監督は「後半戦は勝率5割を目標にする」と意気込みを語ったが、8月27日(同28日)のナショナルズ戦に敗れ、8年連続の負け越しが決まった。
先発陣も崩壊状態に陥った。開幕投手を務めたカイル・フリーランドは不安定な投球が続き、防御率は6点台に突入。3勝11敗、防御率7.08と不振を極めたマイケル・ロレンゼンは8月19日(同20日)に解雇された。さらに、シーズン序盤に左肘痛で離脱したホセ・キンタナも、復帰が9月半ばまでズレ込むことが判明した。
白星から遠ざかっていた菅野だが、投球自体は安定していた。しかし、その裏ではこれまで経験したことのない疲労が蓄積していた。
8月5日(同6日)のレイズ戦、強い日差しが照りつける本拠地のデーゲームで12勝目を目指したが、5回3失点の粘投も実らず9試合ぶりの黒星を喫した。中4日での登板後、この日の工夫を振り返っている。
「特にデンバーでの“中3.5日”っていうのは、消費するエネルギーも違います。極力余計な運動はしないようにリカバリーに努めています。きょうの結果は3失点ですが、自分の中である程度今までの経験をうまく生かしながらマウンドに上がって仕事はできたかなとは思います」
今季、菅野はデーゲームに限らず、中4日で登板する際は体力温存のため登板間のブルペン投球を行わないルーティンを取り入れた。標高約1600メートルに位置するクアーズ・フィールドでは、通常のトレーニングが逆効果になるという。その根拠を示すのが、ロッキーズで20年以上コンディショニングを担当するチーフ・アスレチックトレーナーのキース・ダガー氏である。
高地では「燃料タンク」に喩えられるグリコーゲンの消費が早くなるという。サイクル安打、シルバースラッガー賞を受賞するなど、ロッキーズ一筋でプレーし、2024年に引退したチャーリー・ブラックモンには試合の途中でプロテインバーを食べるルーティンがあったが、「あれは水分バランスや神経伝達、筋肉の機能に重要な役割を果たす電解質を補給するためです」とダガー氏は説明した。
付言すれば、菅野が本拠地で「中3.5日」で登板したのは7試合。そのうち6試合で5回を投げ切っている。4勝目を挙げ日米通算150勝に届いた5月16日(同17日)のダイヤモンドバックス戦もその1試合だった。試合直前に食あたりの症状に見舞われ、登板が危ぶまれたが、薬を服用してマウンドに立った。「中継ぎ陣に負担をかけたくない」。その思いと日本時代から培ってきた強靭な意志なくして同日の節目到達はなかった。
「何で代えるんだろう?」…5回72球1失点での降板に困惑
開幕してまだ間もないころ、菅野は気概にあふれる若手選手たちとコーチ陣の姿に「正しい方向に進んでいる」という印象を持ったが、終盤は違った。「可能性はすごく秘めていますけど、良くも悪くも自由に野球ができちゃっているので。そこが一番の課題なのかなとは思います」と話した。
終盤は編成主導となり、マイナーから昇格させた若手野手を起用する一方、100敗阻止のため先発投手2人で試合の大半を投げる「ピギーバック」戦略も取られた。9月20日(同21日)の本拠地マリナーズ戦に先発した菅野もその戦略のあおりを受けた。5回を投げ終えて1失点5奪三振、球数は72球で、後半戦屈指の快投だった。それでも降板を告げられ、マウンドを譲ったライアン・フェルトナーが失点。菅野には昨季を上回る11敗目が記録され、チームも99敗目を喫した。
9月25日(同26日)の今季最後の登板を3日後に控えた菅野は、喉元に殺到していた煮え切らない気持を一つひとつ冷静に出していった。
「何も聞いてませんでした。もうビックリしましたし、もっと悪いピッチングの時に引っ張ろうとするのに、何で代えるんだろう? っていうのは、正直、感じました。その辺はよく分かりません。まぁ編成サイドからの部分があるのかもしれないですけど、できれば、『5回までだ』って最初に言ってくれれば、組み立ても変わったと思うし……。重要なことは話してほしいなっていうのは感じるかな」
シカゴでの最終登板後、菅野は言葉の芯を固く握りしめているような声で言った。
「恐らく、ロッキーズより厳しい環境にあるチームは多分ないと思う。そこでしっかり1年間戦い抜けたということは、来年以降に自分の野球人生につなげられると思うので糧にしたい。もちろん、うまくいかなかったこともありますけど、去年できて今年できなかったことっていうのは一個もないので。短い登板間隔にもだいぶ慣れて、今年はチームの力になれたんじゃないかなっていう思いもある。しっかりこのオフシーズンに課題を消化できるように、少し休んで、また頑張りたいなと思います」
物理学(空気抵抗の低さ)、生理学(身体への負荷)、心理学(甚大なストレス)が交差する“デンバートライアングル”を本拠地とするロッキーズで、菅野智之は多くを学び、耐え、そして投げ抜いた――。
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【マイ・メジャー・ノート】
1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト・木崎英夫記者による深堀りコラム。現場での取材からはもちろん、豊富な取材メモから送るエピソードも。コアなMLBファンのための記事を原則週1本配信。
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)