15年間で「借金173」の惨状…「白紙のところからチームを改革」 中日が脱OBを決断した“引き金”

立浪・井上両監督の功績に触れつつも…大島オーナー「それでも足りないものがたくさんある」
開催場所は同じでも、5年前とはちがった熱気が、会見場を包んでいた。15日に名古屋市内のホテルで行われた中日・工藤公康新監督の就任会見。ドラゴンズに在籍経験のない外部人材の招聘が話題を集めた。当然ながら、新指揮官と顔見知りではない在名の報道陣が大半で、手探りと好奇心が交錯していた。
会見が終わると、記者やカメラマンは一斉に移動。秋季練習をする選手やコーチ、スタッフらに挨拶するためナゴヤ球場を訪れた工藤新監督の姿を追った。
2021年10月の会見場に記憶を戻すと、爛々とした高揚感が満ちていた。待ち望んだミスタードラゴンズの監督就任。仕立てのいいスーツに身を包み、金屏風を背に堂々と座る当時の立浪和義新監督の姿は、実に絵になる光景だった。
長い低迷期から脱するため、“OBの頂点”ともいえる立浪氏の政権誕生は、球団にとっても勝負の一手だった。就任会見の際、当時の吉川克也球団社長は「ドラゴンズを一番知り、理解されている方だと感じています」と語り、長期政権も選択肢のひとつだった。
しかし、勝負の世界は残酷だった。在籍3年間すべてリーグ最下位。次第に心ない誹謗中傷がSNS上に溢れるようになり、外野からの雑音も指揮官を苦しめた。後任は、当時2軍監督だった井上一樹氏が昇格。2024年10月の就任会見で大島宇一郎オーナーは「立浪監督が種をまき芽が出始めたチームに、井上さんの持ち前の明るさと指導力で水をまき、花をつけ、実をつけさせてくれることを大いに私は期待をしています」と語り、立浪路線の延長だと位置付けていた。

加藤球団社長「ドラゴンズを知り尽くした人も非常にいいとは思うが…」
この2年間で花が咲き、実った果実もあるが、結果は4位と最下位。特に今季は「戦力が揃っている」と周囲の期待も高かっただけに、受け入れ難い現実でもあった。立浪-井上時代の5年間が、今回の外部招聘という大転換の引き金になったのは想像に難くない。
「球団内外を含めて大勢の候補者がおりました。その中からチームの現状を分析した時に、ドラゴンズを知り尽くした人ももちろんいいとは思いますけれど、ドラゴンズをまったく知らない白紙のところからチームを改革してくれる方がいいのではないかと候補をあたった時に、工藤さんの名前が真っ先に上がってきた」
この日、人選の狙いについて問われた加藤宏幸球団社長はこう語った。大島オーナーも「この数年、立浪さん、井上さんと監督が変わる中で、若い力が未来に向けて力をつけてきているように感じています。ただ、それでも足りないものがたくさんあります。山積しています」と現状を分析した。
一からではなく、ゼロから。功労者らチームのOBを大切にしてきた球団にとっては、簡単な決断ではななかったはず。工藤氏招聘で「脱OB」という言葉が独り歩きしたが、決してOB人材全体を否定しているわけではない。ドラゴンズを知っている、ファンに愛されている存在の影響力は小さくなく、立浪監督が就任して以降、試合のスポンサーになる「冠ゲーム」を希望する地元企業が増えたのも事実だった。工藤新監督もコーチ人事について「ドラゴンズをよく見ている人の方が何が足りないのか、これから何を変えていけばいいのか分かっている方もいらっしゃると思う」と語った。
ただ、もはや看過できない惨状であることは、数字が物語る。黄金時代を築いた2004〜11年の落合博満政権では、通算8年間で「貯金138」を積み上げた。一方で2012年以降は高木守道氏、谷繁元信氏、森繁和氏、与田剛氏、立浪氏、井上氏と6人が指揮官を務めたが、15年間で実に「借金173」まで膨らんだ。
重要なのは、OBであるか否かよりも、新しい風を吹かせてくれるか。それも、悪しき固定概念や慣例を吹き飛ばすほどの突風を吹かせられるか。保守的な印象の強い伝統球団が下した、大改革への決断。腹を括ったドラゴンズがいま、変わろうとしている。
(小西亮 / Ryo Konishi)