「怪我もありましたけど1年間やってみて自信がつきました」
大舞台の初戦で見せた姿には、覚悟がにじんでいた。DeNAの石田裕太郎投手は、24日に横浜スタジアムで行われたソフトバンクとの「SMBC日本シリーズ2026」第1戦に先発。「全員が日本を代表するような打者の集まり」と話していた強力ソフトバンク打線を相手に、7回途中1失点という堂々たる投球を披露した。
プロ3年目の今季、怪我による約1か月の離脱こそあったが、初めてほぼ1年間ローテーションを守り抜いた。20試合に先発して5勝8敗、防御率2.91。序盤は援護に恵まれない試合も多く勝ち星こそ伸びなかったものの、確かな成長を示したシーズンとなった。
「今年が始まったときから本当に自分がやらなきゃいけない立場だなというのはすごく感じていましたし、その中で開幕前は『1年間できるかな』とか思ってはいたんですけど、怪我もありましたが1年間やってみて自信がつきました」
「『ドラフト5位だから』というのがどこかにあったんです」
2023年ドラフト5位で入団。中大時代は西舘勇陽投手(同1位で巨人に入団)がエースに君臨していた。「僕、ずっと補欠だったので。大学では西舘と、同期にもう一人すごい投手がいて、なんなら3番手。調査書も3、4球団しかこなかったし、プロに入れるか入れないかというところで、社会人に行くかもって。だからトップに立つとか、チームの柱とか、そういうのはあまり考えたことがなかったんです」と打ち明ける。
そんな石田裕が今季途中、明らかに変わった。そこには「もうシーズン後半でしたけど『エースだと思ってやってみよう』という気持ちの変わり目になりました」という出来事があった。
「ゴウ(筒香嘉智)さん、東(克樹)さん、(相川亮二)監督からもいろいろな言葉をいただきました。ドラフト1位の選手とは違って、僕は球団からしたら『活躍したらラッキー』くらいなんじゃないかと勝手に思っていて。それは自分の気持ちが楽になるからなんですけど、例えば打たれても『ドラフト5位だから』、勝っても『ドラフト5位だから』というのがどこかにあったんです。でもいろいろな選手を見てきた方々がそういった言葉をくださったということは、何か感じるものがあって言ってくださるのかなと。全然大した自信はないし、誰よりもすごい球を投げているとかはないんですけど、そういう立ち振る舞いというか、本当に自分はエースだと思ってやってみようかなって。まあ無理矢理でしたけど、でもそこから少しずつピッチングもよくなっていきました」
筒香からは米国で見た選手たちを例に出し、練習からの意識の持ち方や“勝てる投手”になるために必要なことを学んだ。東からは自分のために投げることやクオリティスタート(QS=6回自責点3以下)の大切さなどを授けられた。相川監督からはガムシャラさが足りないことを指摘され、叱咤激励を受けた。3人に共通するのは「ベイスターズを背負って立つ投手にならないといけない存在だから」という背番号54への高い期待だった。
2024年の日本Sはメンバー外でテレビ観戦「悔しい思いしかなくて」
その思いを、真っ向から受け止めた。「今までの野球人生で『エース』とか『チームを背負って立つ』とか考えたことなかったんですけど、それを考えてみようかなって思ったんですよ」と決意を込めた表情を見せた。
「まだ全然大したことないんですけどね。僕が目指しているのは山本由伸さん(ドジャース)とかなので、そこと比べちゃうし」と謙遜するが、最近はうれしいこともあった。中大の3学年上にもあたり、現在も仲のいい牧秀悟内野手から「『由伸さんと比べて』と言ってもらったり。全然及ばないですけど。東さん、ゴウさん、牧さんって日本を代表する選手じゃないですか。そういう方々に言われて、僕もそういう選手になれるのかなと思ったりとか」。ちょっとだけ照れくさそうに、人懐っこい笑顔を見せた。
2024年の日本シリーズは、フェニックス・リーグのメンバーとして宮崎県内でテレビ観戦することしかできなかった。「メンバーに入れなかった悔しい思いしかなくて、次に同じ舞台が来たときにしっかりメンバーに食い込めるように今から練習しておこうと思っていました」との言葉通り、2年が経ち、メンバー入りどころか自分の手で初戦先発の大役を掴み取った。
「でも結局僕は今年、10勝したかったけどできなかった。本気で来年以降はエースの成績を目指したいと思っています」。ドラフトの順位は関係ない。石田裕太郎がエースへの道を、確かに踏み出した。
(町田利衣 / Rie Machida)