西武・村田怜音に「それはやめろ」 名伯楽・田辺コーチが放ったひと言…“弟子入り”で大変身中「尋常でなく打球が飛ぶ」

“ロマン砲”として期待を受ける西武・村田怜音【写真:加治屋友輝】“ロマン砲”として期待を受ける西武・村田怜音【写真:加治屋友輝】

フェニックス・リーグのメンバーから漏れ、田辺徳雄3軍コーチに“弟子入り”

 身長197センチ、体重115キロの“ロマン砲”が覚醒の時を迎えようとしている。西武の村田怜音(れおん)内野手は3年目の今季、2軍で10本塁打を放つも、1軍では4試合出場、9打数無安打に終わった。宮崎県内で開催されているフェニックス・リーグの参加メンバーから漏れ、本拠地の埼玉県所沢市に残り、“名伯楽”田辺徳雄3軍野手コーチの下で本格的な打撃改造に取り組んでいる。

「村田さん、凄いじゃないですか。この1年間、何をしていたんですか?」。ベルーナドームを使用してのフリー打撃中、村田は1歳下のチームメート・山村崇嘉内野手からこう声をかけられたという。

「田辺さんに教わるようになってから、打球が尋常でないくらい飛ぶようになりました。初速が違う感じで、低い弾道でも外野のフェンスを越えていきます。実際、160キロ台しか出せなかった打球速度が177キロを計測しました。まだ実戦の投手の球を打ったことはありませんが、手応えがありますし、数字にも表れています。周りの選手にもほめてもらえるんです」。これまでの野球人生になかったくらい自信を深めている。

 規格外の体格を誇る右打ちの大砲候補に、球団も首脳陣も入団当初から期待を寄せてきた。1年目の1軍出場は4試合で打率.231(13打数3安打)。2年目の昨季は23試合出場で2本塁打を放ち、1軍定着の足掛かりを築いたかに見えたが、3年目の今季は足踏みした。ただ、2軍では98試合に出場して10本塁打、打率はファーム中地区5位の.284(292打数83安打)をマークし、実力の片鱗は見せた。

 10月に入ると、若手選手はフェニック・スリーグ組と所沢残留組に分かれて練習するようになり、残留組は3軍のコーチ陣が担当。「そこで、これまでほぼ関わりがなかった田辺さんの指導を初めて受けることになりました」と唇を綻ばせ、“激変”の理由をこう分析する。

プロ入りするまで「技術指導を受けたことはほとんど無い」

 原因は右膝にあった。「田辺さんに会って最初のフリー打撃の打ち終わりに、『右膝が前(投手方向)に流れている。だからボールとの距離が取れなくて詰まるし、これではいけないと思って早く振り出そうとすると引っ掛けるんだ』と指摘していただきました」と振り返る。

今季は無安打も、田辺コーチの指導で打撃改造に取り組む【写真:小林靖】今季は無安打も、田辺コーチの指導で打撃改造に取り組む【写真:小林靖】

 目から鱗が落ちる思いだった。ボールに差し込まれがちなことは自覚していたが、「膝が理由だとは思わず、別のところばかりを修正しようとしていました。バットを立てて構えてみたり、前傾で構えてみたり、いろいろ試行錯誤して、短期間よくなることありましたが、根本解決には至りませんでした」

 トップの位置からミートポイントまで、最短距離の軌道でバットを出そうとしても、遠回りしてドアスイング気味になってしまうことと、左腰が浮いてしまうことが課題だった。「右膝が流れるからバットが遠回りするし、左腰も浮いてしまうのだと実感できました」とうなずく。

 軸足の右足に体重をかけて踏ん張り、ボールを手元まで引きつけて打つことを心掛けるようになってから、打撃は明らかに変わった。

「アマチュア時代に技術指導を受けたことは、ほとんどありませんでした」と村田は言う。

 三重県出身で、県立相可(おうか)高を経て県内の皇學館大に進み、2023年ドラフト会議で西武から6位指名を受け、同大学出身者では初のNPB選手となった。「高校でも大学でも、野球を教わったことはほとんどありません。大学の監督には、ホームランを何十本打てばプロに行けるぞ、という風に後押ししていただきましたが、技術的には自分の最低限の知識と感覚だけでやってきました」という環境だった。

 プロに入ってから初めて本格的にコーチの指導を受け、「言われたことを一気に全部やろうとして」“消化不良”を起こした部分もある。「取捨選択が大事だと言われていたのですが、何を選べばいいのかもわかりませんでした」と打ち明ける。

西武・田辺徳雄3軍野手コーチ【写真:宮脇広久】西武・田辺徳雄3軍野手コーチ【写真:宮脇広久】

NPB通算525本塁打の「清原のようになってくれれば」

 打撃スタイルでも迷っていた。1年目に2軍で打率.357(56打数20安打)のハイアベレージをマークしたように、実は手先も器用。だからこそ、長距離砲になりきれなかった。「ホームランを求めつつ、打率も最低限のものを残さないと2軍でも使ってもらえないだろうという思いがあって、“ヒットの延長がホームラン”という感覚でやっていました」と認める。

「それはやめろ。おまえは“ホームランのミスショットがヒット”という感覚でいい。全球でホームランを狙え」と指示したのが田辺コーチだった。

「あいつがシングルヒットを打って塁に出ても(足が速くないので)迷惑ですから、長打=ホームランを狙えと言っています。それだけの飛距離を持っている選手ですから、生かさない手はない」。村田にとって“運命の人”かもしれない田辺コーチは、ジョークをまじえてこう語る。

 そして、「清原(和博氏)のようになってくれれば」と、現役時代の1歳下のチームメートでNPB歴代5位の通算525本塁打をマークしたレジェンドになぞらえた。

西武時代の清原和博氏【写真提供:産経新聞社】西武時代の清原和博氏【写真提供:産経新聞社】

「僕の打撃はこれまで、調子がいい日と悪い日があるだけで、好調の感覚がなくなると“戻るところ”がありませんでした。田辺さんに教わって、それができた気がします。右膝を意識することをおろそかにしなければ、最低限は打てると思います」と村田は笑みを浮かべる。「お世話になってきた2軍の辻(竜太郎2軍野手チーフコーチ)さんとも話し合い、このまま継続することになっています」と付け加えた。

 原石のままプロに入ってきた男に、名伯楽の手で磨きがかけられようとしている。4年目の来季、どんな姿で実戦の打席に立つのか。楽しみでならない。

(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

RECOMMEND

CATEGORY