“世界の由伸”の原点、オリ3連覇に繋がった分かれ道 周囲は懸念も「思いが合致」…新監督が下した決断

海を渡り世界最高峰の舞台で躍動する山本由伸【写真:荒川祐史】海を渡り世界最高峰の舞台で躍動する山本由伸【写真:荒川祐史】

元オリ監督・西村徳文氏が振り返る…山本由伸、先発転向の真相

 オリックスが長い低迷期を抜け出し、リーグ3連覇という黄金時代を築き上げるまでには、数々の才能との出会いと、運命を大きく変える決断があった。2016年からヘッドコーチ、2019年から監督を務めた西村徳文氏。“暗黒期”と揶揄された苦しいチーム状況のなかでも、グラウンドには光を放つ逸材が存在した。

 のちに球界を代表する大エースへと成長し、海を渡った山本由伸投手の「先発転向」。そして、規格外の身体能力を誇った超人・糸井嘉男外野手が35歳にして成し遂げた「史上最年長(当時)での盗塁王」。2人の才能が覚醒した裏には、指揮官とコーチ陣、そして選手本人の知られざるドラマがあった。西村氏が当時の舞台裏を振り返る。

 2024年からドジャースでプレーし、昨年のワールドシリーズでMVPに輝くなど世界最高峰の舞台で躍動する山本由伸。絶対的なエースへの階段を上り始めたのは、プロ3年目の2019年だった。前年の2018年はセットアッパーとして54登板で32ホールド、防御率2.89をマーク。8回を任される絶対的リリーフとして活躍したが、監督に就任した西村氏の頭には、ある思いが渦巻いていた。

先発1年目で防御率のタイトル獲得…当時から高かった「プロ意識」

「2018年の時から、本人が『先発をやりたい』と言っているのがちらっと耳に入ってきていたんです。私が監督になった時に『由伸、先発をやるか?』と聞いたら、当然『はい』と答えるとは思っていましたが、やはりすごく先発をやりたがっていましたね。私としても、セットアッパーはもちろん大事なポジションですが、あの球を1イニングだけしか見られないのは『もったいない』と思ったんです。どの球種をとっても素晴らしいものがありましたから、ある程度のイニングを投げてもらった方がいい。お互いの思いが合致した瞬間でした」

 ただ、リリーフから先発への転向にはスタミナ面のリスクが伴う。キャンプ中から「先発になれば出力を出し続けられないのではないか?」という懸念の声も上がっていた。だが、指揮官の腹は決まっていた。

「体力的な不安が全くなかったわけではありません。ただ、最初から最後まで最高出力でなくても、それに近いボールを投げてくれれば、そう簡単に打たれるような球じゃない。それに、由伸は自分の体を管理する考え方がしっかりしていました。週に1回、外部の方に診てもらうために通うことも、球団から特別に許可を出しました。ただのわがままではなく、チームにどれだけプラスになるかを考えれば、ダメにする必要はありません。それだけ自分の体をうまく調整しなければいけないというプロ意識を持っていましたから」

先発転向1年目から最優秀防御率のタイトルに輝いた【写真:荒川祐史】先発転向1年目から最優秀防御率のタイトルに輝いた【写真:荒川祐史】

 周囲の不安をよそに、先発転向1年目の山本は躍動。援護に恵まれず8勝6敗と勝ち星こそ伸び悩んだが、防御率1.95でタイトルを獲得した。

「防御率のタイトルを獲るというのはすごいことです。8勝6敗という数字だけを見れば大したことがないように思われるかもしれませんが、中身が全然違いました。2019年の先発としての経験が、その後の沢村賞やチームの3連覇(ともに2021~2023年)に繋がる一つの分かれ目になったんだと思います」

糸井嘉男が35歳で盗塁王に輝いた理由…裏にあった首脳陣のサポート

 野手にも驚愕の記録を打ち立てた選手がいた。2016年、プロ13年目のシーズンを迎えていた糸井である。前年の盗塁数は11だったが、この年は自己最多を大きく更新する53盗塁をマークし、当時の史上最年長記録となる35歳2か月でタイトルを手にした(2021年にロッテ・荻野貴司が更新)。

 自身も現役時代に「走る将軍」と称され、4度の盗塁王に輝いた西村氏は、ヘッドコーチとして携わった当時の背番号「7」の姿を鮮明に記憶している。

「今になって考えると、よく盗塁王を獲ったなと思います(笑)。あの時は、私からも『盗塁というのはこういうものだよ。あまり考えすぎるなよ』と話した記憶があります。ただ、彼の場合は走るとなると、ベンチから見ていても体がピクピク動いて露骨に分かってしまうんです。『もうちょっと落ち着け!』と。センスというより、もう勢いで走っていた」

2016年当時、史上最年長記録で盗塁王のタイトルを獲得した【写真:産経新聞社】2016年当時、史上最年長記録で盗塁王のタイトルを獲得した【写真:産経新聞社】

 天性の身体能力に任せてグラウンドを駆け回る超人。しかし、盗塁は足の速さだけで成功するものではない。その裏には、首脳陣たちの懸命なサポートがあった。

「サードベースコーチの風岡(尚幸)とファーストベースコーチの佐竹(学)が、ピッチャーの細かい癖などを徹底的に映像で見て、すごく伝えてくれていました。最終的にスタートを切るのは本人ですが、その前に根拠がないといけません。彼らコーチ陣が本当に協力して、糸井の背中を押してあげたんです」

超人・糸井伝説「勝手にバットを持ってロッカーに帰ろうとしたことも…」

 規格外の才能を持つ反面、糸井には“超人”ゆえの逸話も事欠かない。「サインが覚えられない」というのは球界でも有名な話だが、西村氏も思わず苦笑いを浮かべる。

「サインなんて覚えられないですからね(笑)。だから、『お前はベンチを見ろ』とか、ベースコーチが『このカウントは変化球の確率が高いぞ』と助け舟を出したりしていました。それに、攻守交代でベンチに戻ってきた際、勝手にバットを持ってロッカーに帰ろうとしたこともありました。『お前の姿をどれだけの人が見に来ていると思っているんだ』と注意して、もう一回出させましたけどね。本人は『本当ですか? じゃあ行ってきます』って我に返って。面白い選手でしたよ」

明るいキャラクターでグラウンド内外で多くのファンを魅了した【写真:産経新聞社】明るいキャラクターでグラウンド内外で多くのファンを魅了した【写真:産経新聞社】

 それでも、グラウンドに立てば誰よりも眩い光を放った。投げる、打つ、走る。全ての要素で見る者を魅了した。

「(オリックス在籍)最終年であれだけの成績を残して、まさか最年長で盗塁王を獲るとは。全ての身体能力において長けていた、とにかくすごい選手でした。盗塁に興味を持って、実際にタイトルを獲得した。周囲の助けもありましたが、それを実行したのは糸井本人。ベテランと呼ばれる年齢に差し掛かっても、野球がうまくなりたいという思いは誰よりも強かったのでしょう。あとはFAもあったのかな(笑)」。実際、この年のオフに阪神へFA移籍した。

 グラウンドに刻まれた天才たちの足跡。圧倒的な向上心でエースへの階段を駆け上がった若武者と、衰え知らずのスピードでダイヤモンドを駆け抜けた超人。苦しい時代の中でも、2人が放った輝きはのちの黄金時代の確かな礎となり、今もファンの記憶に鮮烈に残っている。

(橋本健吾 / Kengo Hashimoto)

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