オリ低迷期に投じた“劇薬” 福田周平の抜擢に「なぜ?」…西村監督が夢見た2人の逸材「生意気そうな顔、それがいい」

オリックス時代の福田周平(左)と西浦颯大【写真:荒川祐史】オリックス時代の福田周平(左)と西浦颯大【写真:荒川祐史】

西村徳文氏がオリックス監督時代に抜擢した2人の若手

 オリックスが「暗黒時代」と呼ばれた長いトンネルを抜け、リーグ3連覇(2021年〜2023年)という黄金期を築き上げるまでには、数多くの指導者たちがもがき、苦しみながら蒔いた種があった。2016年からヘッドコーチを務め、2019年からは監督として指揮を執った西村徳文氏も、その過渡期にチームの変革を託された一人である。

 チームを勝てる集団へと生まれ変わらせるためには、荒療治が必要だった。主力やベテランの力に頼るだけでなく、次代を担う若手たちを強引にでも引き上げなければならない。負の連鎖を断ち切るため、西村氏は監督就任後、批判を覚悟で“劇薬”を投じた。自らの信念を懸けて抜擢した西浦颯大と福田周平。強い思い入れを抱いていた2人の若手選手との知られざるエピソードを振り返る。

 指揮官には、グラウンドに立つ無数の選手の中から、直感的に「何かをやってくれそう」と思わせる才能を見つけ出す嗅覚がある。西村氏にとって、そのアンテナに強く引っかかったのが、当時高卒2年目を迎えようとしていた外野手の西浦颯大だった。

プロ2年目の2019年、77試合に出場した西浦颯大【写真:荒川祐史】プロ2年目の2019年、77試合に出場した西浦颯大【写真:荒川祐史】

「ヘッドコーチから監督になった時に、私が一番買っていたのは西浦でした。2018年秋の高知キャンプの時から『これはいけるな』と思っていたんです。なぜ彼を見てそう思ったかというと、ユニホームを着た時にめちゃくちゃ生意気そうな顔をしているじゃないですか。でも、それがいいんだよね(笑)。私はああいう、大人しいだけではなく『何かやってくれそうだな』と感じさせる選手が大好きなんです。体は小さいけど、パンチ力があり肩も強くて足も速い。将来、チームを背負う1番になれる存在だと感じていました」

レギュラー定着も見え始めた矢先に国指定の難病が発症

 春のキャンプ、オープン戦と結果を残した若武者を、西村氏は2019年の開幕スタメンに抜擢した。だが、高卒2年目の若手をいきなり開幕戦で起用することに対し、周囲からは「まだ早いのではないか」と慎重論も噴出したという。

「それでも私は、若い選手を育てていかなければならないと考えていました。ちょうどチームが過渡期でしたからね。打つ姿、走る姿、守る姿のすべてに素晴らしいセンスを感じました。体は小さかったですが『こいつは絶対に根性があるな』と。逆にプレッシャーをかけてしまったかもしれませんが、若いうちから早めに厳しい経験をさせた方が、絶対に本人のプラスになっていくはずだと思ったんです」

西村徳文氏は、西浦颯大(左)が秘めたポテンシャルに期待をかけた【写真:荒川祐史】西村徳文氏は、西浦颯大(左)が秘めたポテンシャルに期待をかけた【写真:荒川祐史】

 西浦は強肩と俊足を武器に外野のレギュラー定着へ向けて突き進んでいくかに見えた。しかし、運命はあまりにも残酷だった。2020年のシーズン終盤、国指定の難病である「特発性大腿骨頭壊死症」と診断される。必死のリハビリを経て復帰を目指したものの、2022年に23歳という若さで現役引退を決断することになった。

「あそこから病気になって現役を引退してしまったというのは、本当に寂しくてね。難病だったと聞いてからは、『私が早くから無理をさせてしまったのかな』と葛藤することもありました。将来チームを背負えるような外野手になってくれればと、あの面構えとセンスを本当に大切に育てたかった選手の一人です」

 西村氏の言葉には、自らの手で花開かせたかった“未完の天才”への思いが滲んでいた。

「生意気な男」に託したキャプテンマーク

 チームを変革するため、西村氏がもう一人、大役を任せた選手がいる。2019年にプロ2年目を迎えた福田周平だった。ルーキーイヤーの2018年、首脳陣を怒らせるほど血気盛んだった男を、西村氏は監督就任と同時に新キャプテンに指名した。プロ2年目の選手が主将を務める異例の人事。チーム内には激しいハレーションが起きた。

2019年、プロ2年目ながら135試合に出場した福田周平【写真:荒川祐史】2019年、プロ2年目ながら135試合に出場した福田周平【写真:荒川祐史】

「福田はルーキーの時に首脳陣を怒らせたことがありました。でも、それくらい生意気さがあってもいいじゃないかと思ったんです。私がキャプテンに指名した時も、周りからは『えっ、福田がキャプテンですか?』という声がありました。それでも、私は『いいんだ』と押し切りました。私がロッテの監督時代に見ていた西岡剛と少し被るところがあったんです」

 プロ野球という厳しい世界で生き抜くためには、首脳陣にも臆せず意見をぶつける強さがときには必要だ。福田にはその資質があった。

「上の人に対しても、自分の考えや『チームとしてこうしていきましょう』という意見を平気で言える選手でした。言い方には気をつけないといけませんが、私はそれこそがキャプテンだと思うし、そうであらねばならない。遠慮して縮こまるより、ああいう感じの選手が引っ張っていった方がチームは活気づくと考えたんです」

福田は2021年に1番打者に定着しゴールデングラブ賞も獲得

 ただ、経験の浅い若手にチームの命運を託すというトップの決断は、必ずしも組織全体に浸透したわけではなかった。「なぜ、あいつに任せるんだ」という不協和音が、指揮官の耳にも届いていた。

「トップがそう決めたのなら、フロントを含めて周囲が一緒になってバックアップし、本人の背中を押してあげなければいけません。ですが、あの時はそれがうまく機能していなかった部分があったと感じています。(2010年のロッテ)西岡の時も最初は同じように『なぜなんだ』と言われましたが、結果的に彼は見事にチームを引っ張ってくれました。福田にはキャプテンという重圧を与え、少しプレッシャーをかけすぎたかなという思いはありますが、あの抜擢については全く後悔していません」

 福田はそういった重圧に耐え、必死にグラウンドを駆け回った。西村氏の退任後、中嶋聡政権下でチームが黄金期を迎えた時、福田は不動のリードオフマンとして、そしてゴールデン・グラブ賞を獲得する名手として、歓喜の輪の中心にいた。2021年に25年ぶりのリーグ制覇を成し遂げたチームは、3連覇へ歩み出すのであった。

「あの時のキャプテンとしての経験が、少なからずその後の飛躍に繋がっているのではないかと思います。結果的に私が監督の時に優勝することはできませんでしたが、西浦にしても福田にしても、体が小さくても『ユニホームを着た時は生意気なくらいがちょうどいい』と思わせてくれる、本当に魅力的な選手たちでした」

2019年から2年間、監督を務めた西村徳文氏【写真:荒川祐史】2019年から2年間、監督を務めた西村徳文氏【写真:荒川祐史】

 劇薬とも言える若手の抜擢と、その裏で起きていた葛藤。結果だけを見れば、西村政権の2年間は苦しい戦いの連続だったかもしれない。だが、指揮官が撒いた種は、確実にグラウンドで根を張り、数年後に華を咲かせるのであった。

(橋本健吾 / Kengo Hashimoto)

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