「武蔵の林昌勇」から「獅子の守護神」へ…“出世順位”西武19年ドラ3サイド右腕の挑戦
来季2年目の松岡洸希、身長が低かった中学時代はプロの夢を諦めていた
コロナ禍の影響で120試合に短縮された2020年は、ソフトバンクの4年連続日本一で幕を閉じた。プロの世界に飛び込んだルーキーたちにとっても難しいシーズンになった。西武の2019年ドラフトで入団した選手を紹介する企画も最終回。松岡洸希投手の原点に迫る。
子どものころ野球観戦に行き、自分もやりたいと思ったことがきっかけで小学1年生から野球を始めた。夢はもちろんプロ野球選手だったが、中学生の時に早くもその夢を諦めていた。今は180センチと長身だが、当時は身長が低かったからだ。
「中学校の部活で野球を続けていたのですが、周りの人たちのレベルが高かった。自分は身長が150センチくらいしかなく、小さくて力もない。これじゃ無理だなと思って、一度プロの夢を諦めました」
高校は自宅から近く、兄も通っていたという理由で埼玉・桶川西高に進学。趣味程度で野球ができればと思っていたが、急に身長が伸びたことで再びプロを目指すようになった。
「物を作ったりするのが好きなので、何かの職人になろうと思っていました。でも、高校に入って2年生くらいから急に身長が伸びると、力や足の速さも一気に伸びて、周りの人より少し抜けてるかなと思い始めました。それから、上を目指すようになりました。身長は高校を卒業するときには178センチくらいになりました」
高校では内野手で、投手を兼任するようになったのは3年の春から。最初は球速120キロほどだったが、ウエートトレーニングで下半身を強化し、143キロを記録するようになった。だが、3年夏の北埼玉大会では、前年度甲子園覇者の花咲徳栄高にコールド負け。プロ志望届を提出したが、NPB球団からは指名漏れ。自身にとっては当然のことで、独立リーグに行くための提出だった。
「その時は、NPBは頭にありませんでした。最初は大学や社会人で成長してからNPBを目指そうと考えていたのですが、大学は4年、社会人は3年かかるし、チャンスも1回しかない。それより、毎年NPB入りのチャンスがある独立リーグに行こうと思いました」