パンツ一丁の“憧れの人”に大胆行動 「初めて胸毛を見た」押し掛けた巨人ロッカー
長嶋茂雄氏の現役ラストイヤーに、高卒2年目の鈴木孝政氏は対戦した
子どもの頃から大の長嶋ファン。憧れの人とプロで対戦した時はまさに夢心地だった。現役時代は抑えでも先発でも活躍した元中日投手の鈴木孝政氏(中日OB会長)にとって、長嶋茂雄氏(巨人終身名誉監督)は特別な存在だ。三振を奪ったシーンはパネルにしてもらい、サインを直接頼むなど筋金入りのファン。ホームランを打たれた時も忘れられない。会話の内容も覚えている。それこそ目を輝かせながら振り返った。
鈴木氏は小学校の頃、野球をやれば、必ず「4番サード」だった。同じ千葉県出身。郷土の誇りであり、大英雄でもある長嶋氏に憧れた。後楽園にも行った。「高校野球が終わってからも何回か行ったなぁ。開場して入っていくと、王さんと長嶋さんのバッティングが見られた。ネットのところでティーを叩くでしょ。降りていって、それを見た。長嶋さんがすぐ近くにいる。目と目が合うような気にもなったよね。その時は2年後に対戦するとは思ってもいなかったけどね」。
プロ2年目の1974年、鈴木氏は35試合に登板して、4勝2敗2セーブの成績をマークして、中日のリーグ優勝に貢献した。1年目は肩を痛めて途中から投げられなかったが、地獄の走り込みを続けていた間に治ったようで、2年目はキャンプから普通に野球ができたという。その年は長嶋氏の現役ラストイヤー。「対戦できた。俺が最終列車だからね。間に合った。長嶋さんに投げたピッチャーで一番若手だったと思う」と笑みを浮かべながら話した
鈴木氏の長嶋氏との対戦成績は6打数3安打。1本塁打を許したが、その時のことも覚えている。1974年7月17日の巨人戦(後楽園)でカーブを打たれた。「インパクトの時、よしって声が聞こえたもんね。長嶋さんのちょっと甲高い声が。中段に入っていた。全然悔しくなかった。自分の投げるボールを長嶋さんが打ってくれるんだもん」。戦いのさなかにもかかわらず、つい、そんなふうに思ってしまうほど、対戦自体が喜びだったようだ。
もっとも、この一発を食らった後、近藤貞雄ヘッドコーチにベンチ裏に連れて行かれて説教された。「真っ直ぐを投げず、カーブを打たれたのが逆鱗に触れたみたい。近藤さんにしたら、ONは敵の一番目立つ憎い人だからね」。しかも、それだけで終わらなかった。