“浪人中”の怪物右腕と厳戒態勢で極秘練習 軽々と遠投140m…次元の違いに唖然
川端順氏は法大1年時、浪人中だった江川卓氏の練習パートナーを務めた
衝撃的な出会いだった。元広島投手で、徳島・松茂町議会議員の川端順氏は鳴門高を卒業後、法大に進学した。1978年の1年生時に大学のグラウンドで「自分の実力では、プロを目指すことなんかできない」と痛感させられる出来事があったという。大学の先輩でもある怪物右腕・江川卓氏の凄さを目の当たりにしたことだ。「ああ、やっぱり、こういう人がプロに入るんだなと思った」。次元が違いすぎた。別世界の人間に感じたそうだ。
高3の時、法大のセレクションは淡路島であった。「甲子園に行こうが、行くまいが、全員集合で100何人かが来てましたね。そこで紅白戦とかを4日連続でやりました。その時は、まあまあ、よかったんで、あとは学力。甲子園組は特待生で入れたのかもしれないけど、僕は甲子園組ではなかったので、勉強もしましたよ。それで合格。マークシートだったんで、結構鉛筆も転がしましたけどね。4年生のマネジャーからは『けっこう頭いいんだね』って言われました」。
そして入学。もともと、法大で活躍してプロを目指すなんて思ってもいなかったが、さらに、その気持ちを強めたのが江川氏の存在だった。法大で通算47勝を挙げた怪物投手は1977年ドラフト会議でクラウンライターライオンズ(現・西武)に1位指名されたが、意中の球団ではなかったため入団拒否。社会人入りするとプロ入りまで2年かかるため、あえて“浪人”し、南カリフォルニア大学への野球留学を選択した。川端氏は、その渡米前に数日間一緒に練習したという。
法大グラウンドでの江川氏の極秘練習のパートナー役だった。「当時の(法大)鴨田監督に『今年の1年生で肩が強いのはお前か、池田(親興投手=元阪神、ダイエー、ヤクルト)だけど、池田は人見知りするところがあるから、お前がやれ』って言われた。いや、僕だって人見知りですよって言ったけど、結局、やることになったんです」。マスコミには絶対内緒。「練習前日にマネジャーから『川端、明日(江川氏が)来るからな、キャプテン以外はお前にしか言っていないからな』ってね」。緊迫ムードも漂った。