12歳だった鷹助っ人…忘れられない日本での記憶 「一緒に探してほしい」今会いたい“恩人”

ソフトバンクのロベルト・オスナ【写真:矢口亨】
ソフトバンクのロベルト・オスナ【写真:矢口亨】

17年前にお世話になったホストファミリー…記事を通して「一緒に探してほしい」

 今も忘れられない思い出だから、どうしても会いたい。ソフトバンクのロベルト・オスナ投手が再会を願うのは、17年前にお世話になったホストファミリーだ。「日本に来ている時にすごく良くしてくれて、思い出したらまた会いたくなりました。もしよかったら試合に招待して、ご飯にも食べに行って、お話もできたらなと思っています」。

 オスナは17年前の2007年。「第25回少年軟式野球世界大会」のメキシコ代表に選出され、初めて日本を訪れた。その時に宿泊していたのは、千葉県の御宿町。ホストファミリーに関しては「御宿という町は覚えているんですけど……」と、確かな記憶、情報はほとんどない。記事化をすることで「一緒に探してほしい」と、筆者にお願いをしてくれた。

 本人の記憶ではあるが、日本には1か月近く滞在したという。「17年前だから確かにしっかりは覚えていないところはたくさんあるんだけど」と言いながらも「本当に良くしてもらったんです」とお世話になった感謝の気持ちは今も色濃く残っている。「スーパーに連れて行ってもらったり、海にも行きました。この経験があるから、もう1回会えればと思いますし、そういうチャンスがあったら」と訴えかけるような表情だった。

ホームステイ先で甲冑を着たロベルト・オスナ【写真:本人提供】
ホームステイ先で甲冑を着たロベルト・オスナ【写真:本人提供】

日本でのキャリアは3年目「このユニホームを着たことも運命だと思っています」

「侍の格好もさせてもらいました。彼らはできることを精一杯してくれましたし、その姿、記憶は印象的で忘れられない」。ホークスの選手となったオスナが、甲冑を着る姿という超レアな写真。両隣にいるのが当時のホストファミリーで、本人も笑顔で記憶を振り返るのだから、気に入って着ていたようだ。「朝のテレビ番組なんだけど、近づいてくる壁に穴が開いていて、そのポーズをするっていうゲームをしたのは覚えています」と、テレビゲームをして一緒に遊んだこともおぼろげに覚えている。

 当時は12歳。その後はMLBでキャリアを積み、セーブ王のタイトルも獲得した。超一流の領域まで辿り着き、今を日本で過ごしていることを「運命」だと表現する。「野球の大会では日本代表とも試合をしたんです。ひょっとしたらその時のメンバーから、プロになった人もいるかもしれない」。2007年の大会で優勝したのはメキシコ。都内の江戸川球場で開会式があったことも覚えている。運命で今日本にいるのだから、もう1度、第2の“ファミリー”に会いたい。

「この(ホークスの)ユニホームを着たことも運命だと思っていますから、また会えたら最高です」

 記事を通して、伝えたいことはありますか? そう聞くと、感謝の言葉だけが口をついた。「まずは会って『ありがとう』という気持ちを伝えたいです。彼らのおかげで今の自分があるし、あの時に教えてもらったこと、いろんなところにも、レストランにも連れて行ってもらった。まずは会って感謝を伝えて、球場に呼んで、またお話ができたらと思うので、ぜひ会いたいです」。日本を大好きになった大きなきっかけの1つ。この願いと感謝が多くの人に、そして何より、ご本人にまで届いてほしい。

(竹村岳 / Gaku Takemura)

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