“大失態”でよぎった「引退」 誹謗中傷、眠れぬ夜に「野球が怖い」…断ったお立ち台で謝罪

オリックス・安達了一【写真:北野正樹】
オリックス・安達了一【写真:北野正樹】

オリックス・安達了一「ラストチャンス」で挽回の3安打

 覚悟を決めた瞬間だった。オリックス・安達了一内野手は、今季5度目の先発出場となった6月15日のヤクルト戦(京セラドーム)に「現役最後」のつもりで臨んだ。「ラストチャンスだと思いました」。短い言葉に、この試合にかける決意が凝縮されていた。

 悪夢は突然やってきた。5月1日のロッテ戦(ほっともっとフィールド神戸)。3-1で迎えた9回の二塁守備から出場したが、1イニングで3失策を犯してしまった。この回、5点を奪われNPB通算250セーブに王手をかけていた平野佳寿投手は降板を余儀なくされ、チームも逆転負け。守備固めで出場した「守りの名手」が二塁手のイニング失策記録を作ってしまう“大失態”だった。

 当日は試合前から天候が悪く、試合前の全体練習はグラウンドで行わなかった。試合中から雨が降り、ぶっつけ本番で臨んだ土のグラウンド。「日本一美しい」と評される球場は、守りにくい球場に変わっていた。「そんなのは言い訳になりません。大事にいこうと思い過ぎて……。(3連続失策は)メンタルの問題だったと思います。1個目をやってしまって、本当に大事にいこうとして。自分でもあんまりわかんないんですけど」。ナイター終わりの帰宅後は眠れなかった。翌日に試合がなかったのはありがたかったが、休養日もリフレッシュはできず、眠れない夜が続いたという。

 あれから46日。「今日、行くぞ」。今季、3度目の「二塁」での先発出場は、練習中に水本勝己ヘッドコーチから告げられた。「冷静にはなれなかったですね。本当に、もうこの試合で終わりだという感覚。引退試合のような気持ちでしたね」と振り返る。

 初回無死一塁では左飛に倒れたが、3回の2打席目は1死二塁から技ありの右前打で、太田椋内野手の同点打、西川龍馬外野手の勝ち越し3ランにつなげた。4回には2死二塁から中越えの適時二塁打を放ち、渾身のガッツポーズ。ベンチでは中嶋聡監督も強く拳を握っていた。6回の打席でも一塁に中前適時打を放ったばかりの茶野篤政外野手を置いて右前打。2年ぶりの猛打賞でチームの勝利に貢献した。

「いつの試合も、そのぐらいの気持ちで行けという話ですけどね……」。普段の試合も必死に最善を尽くしているのは当然だが、それだけ追い込まれた精神状態だった。今だから言えるが「引退」の2文字も頭をよぎった。「あれからチームの状態も悪くなってしまいましたから、ずっと、引きずっていましたね」。もう挽回をするチャンスさえ訪れないような気持ちにもなったという。

お立ち台で咄嗟の“謝罪”…「もう名手なんて呼んでくれませんよね」

 今季から、内野守備・走塁コーチを兼任していたことも、心に大きくのしかかっていた。国指定の難病、潰瘍性大腸炎を抱える安達のコンディション調整を考え、出場選手登録を抹消されても1軍に帯同することで体調管理ができ、選手生命を伸ばせるように球団や首脳陣が配慮してくれたポジション。実際にコーチとして指導する場面はほとんどなかったが、指導者としての立場も安達を苦しめた。「コーチ兼任が、というのも気にしました」と吐露する。

 大きな失敗をして、気付いたこともある。ファンや周囲の温かい声だ。SNS上では心無い誹謗中傷もあったが、安達のこれまでのチームへの貢献を挙げる声が大部分を占めた。次戦の試合前にキャッチボールの相手をしてくれた中嶋聡監督の配慮も心に響いた。また、その後は失策の話題に触れないように接してくれるメディアの心遣いも感じたという。

 快勝したヤクルト戦のヒーローインタビュー。お立ち台には茶野、西川、太田に並んで安達の姿もあった。開口一番、「まず始めに、ほっともっとでちょっといろいろやらかしてしまって、いっぱい応援してもらっている中で、やらかしてしまってすいませんでした。本当、一時期、野球が怖い時期もあったんですけど、なんとかこの場に立てて本当に気持ちいいです。よかったです」とファンに謝罪した。

 スタンドから大きな拍手と歓声が上がったが「ヒーローインタビューも、断ったんです。(謝罪の言葉も)最初から考えていたんじゃないんです。マイクを向けられた瞬間、話していました」と明かす。その後は「もう名手なんて呼んでくれませんよね」と自嘲気味に語る。守備だけでなく、進塁打やヒットエンドラン、職人技の右打ち、四球を奪ってチャンスメークするなど、完璧なプレーをやってのけてきた。教訓も得た。

「この経験を生かして(失敗した選手に)いろいろ声を掛けられるということはあると思います」。二塁での守備機会がなかったため「まだ、怖い気持ちはあります」と明かした。22日の西武戦では堅実な守備を披露。首脳陣からもらった“ラストチャンス”を自らのバットで切り開いた安達に、もう怖いものはない。

(北野正樹 / Masaki Kitano)

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