苦節5年…育成の星・佐藤一磨「味がしませんでした」 忘れられない指揮官2人との“同時通話”

オリックス・佐藤一磨【写真:北野正樹】
オリックス・佐藤一磨【写真:北野正樹】

オリックス・佐藤一磨、マネジャーからの唐突な“呼び出し”に「支配下登録だ」

 突然やってきたチャンスを、平常心で掴み取った。オリックス・佐藤一磨投手は、8日に高卒プロ5年目で支配下選手登録された。その翌日の9日巨人戦(東京ドーム)で、プロ初登板初先発を果たし、念願のプロ初勝利を挙げた。ひたむきな努力が報われた瞬間だった。

「練習後、寮の部屋にいたら(2軍の)マネジャーから『降りてきて!』と電話があって……。でも、何か用事があるのかな? ぐらいにしか考えていませんでした」

 全ての始まりは、4日の電話だった。「監督が呼んでいる」という大橋貴博マネジャーに案内され、監督室に入った瞬間に「支配下登録だ」と直感した。「小林(宏)監督と中垣(征一郎巡回ヘッドコーチ)さんが携帯電話をスピーカーにして中嶋(聡)監督と話していらっしゃったので、想像がつきました」と振り返る。

 電話の内容は別件だったが、佐藤の入室を知った中嶋監督から「行けるか?」とスピーカー越しに声を掛けられ、思わず「頑張ります!」と直立不動で答えたという。自室に戻ると急いで遠征用の荷物をまとめ、新幹線でDeNA戦のある横浜に向かった。

 佐藤は、横浜隼人高から2019年育成ドラフト1位でオリックスに入団。昨年は、着信をずっと待ち続けたが叶わなかった。NPBへの支配下選手登録期限の昨年7月31日。前日に2軍で5勝目を挙げた佐藤は、大阪市内の球団施設内の選手寮「青濤館」の自室で「今年は、もしかしたらあるんじゃないか……」と、携帯電話を眺め続けた。

 しかし、願いは届かず。育成契約5年目の今シーズンは、心静かに迎えた。大卒で育成2年目の才木海翔投手が5月25日に支配下選手登録されても焦ることはなかった。懇意にしている大阪市内で果物店「ふるぅつ ふぁみりー」を経営する荒山拓哉さんからもらった「大きな目標に目を奪われがちだが、目の前の仕事をこなしていくことが大事なんだよ」という言葉が支えになった。

「思ってもみなかったですね。先発ローテーションはある程度、埋まっていましたし、離脱者が出てもブルペンデーになったり。(それでも呼ばれないのは)やっぱり、それが今の自分への評価なのかなと思っていました。まだまだなんだな……と」

プロ初登板は「昼食に醤油ラーメンを食べたのですが、味がしませんでした」

 地元・横浜で1軍本隊に合流することができ、プロ初登板は子どものころスタンドから眺めた東京ドームに決まった。ここでも人に恵まれた。コーチ陣の“ローテーション”により2軍で指導を受け続けてきた岸田護投手コーチが、ブルペン担当として居てくれた。登板した6月9日は、チーム事情でスタメンを外れた横浜隼人高の先輩、宗佑磨内野手がベンチで自分の前に座り、ずっと声を掛け続けてくれた。

「岸田コーチの姿、安心感がありました。宗さんからはネクストバッターサークルに向かうタイミングを教えてもらったり、言葉は覚えていないのですが、いろいろ話をしてもらったりしたことで気持ちは落ち着きました」

 周囲からは終始落ち着いているように見えそうだが、登板するまでは「めちゃくちゃ緊張していた」と話す。「昼食に醤油ラーメンを食べたのですが、味がしませんでした。登板前に緊張しすぎたからマウンドで落ち着けたのかもしれませんね」と振り返る。

 ピンチのマウンドは、小林2軍監督の言葉を思い出して切り抜けた。初回に2点の援護を受けたその裏、2死三塁で巨人・岡本和真内野手を迎え、3球ボールが続いた。だが、4球目146キロ、外角高めのストレートで中飛に仕留めた。

「7回までノーヒットを続けていた今年5月の試合で、初安打を許してから崩れて降板し、逆転されて負け投手になったのですが、小林2軍監督から『1点を防ぎに行ったから、逆転まで持って行かれたんだよ』とアドバイスを受けました。それからは、状況によって『この1点まではオッケー』というように考えて投げられるようになりました。東京ドームでもその考えが生きたと思います」

「オリックスに入れてよかったと思います。オリックスでなければ、今の自分はありません」

 高校時代の恩師、水谷哲也監督の言葉も継続する力になった。「『最後は人間力、人間性だよ。プロで生き残っている人は、みんなちゃんとした人たち。野球の上達も人間性からだよ』と教わってきました。平野(佳寿)さんや比嘉(幹貴)さんは凄く良い方で、やっぱり人間力のある方が上達して生き残っていく世界なんだなとわかりました」

 同じ左腕で同期のドラフト1位、宮城大弥投手からも刺激を受けた。大きく飛躍するのを横目に「飲み込みの早い宮城に比べ、僕が同じような成績を残すためには、10倍も20倍も練習しなければ追い付けない。質も大事ですが、上手い人に追いつくために量をこなさないといけない。それが僕の野球人生。練習あるのみです」と、愚直にネットピッチングを続けた。

 満員の東京ドームで巨人を相手に5回73球1安打無失点でプロ初勝利。長い道のりだった。水谷監督から冗談交じりに「他のチームに行けば、1軍で投げられる可能性もあるよ」と言葉を向けられても「オリックスがいいんです」と返したことがある。「練習環境はもちろんですが、お手本になる先輩がいらっしゃる環境。オリックスに入れてよかったと思います。オリックスでなければ、今の自分はありません」。人に恵まれ、環境に恵まれ、努力が報われた。白星を重ねて、まだまだ恩返しを繰り返す。

○北野正樹(きたの・まさき)大阪府生まれ。読売新聞大阪本社を経て、2020年12月からフリーランス。プロ野球・南海、阪急、巨人、阪神のほか、アマチュア野球やバレーボールなどを担当。1989年シーズンから発足したオリックスの担当記者1期生。関西運動記者クラブ会友。2023年12月からFull-Count編集部の「オリックス取材班」へ。

(北野正樹 / Masaki Kitano)

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