WBC開幕を前に…注目を集めた契約の「保険」
6回目を迎えるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の開幕が近づいている。2023年の前回大会決勝では、大谷翔平とマイク・トラウトの対決が実現。大谷が三振を奪い日本を3度目の世界一に導いたシーンは、夢よりも夢幻的な瞬間の1枚として野球ファンの記憶のフレームに収まっている。
シュールなシーンの中に生き続けるトラウトにしてみれば、アメリカ代表の主将として果たせなかった優勝へ雪辱を期す強い思いがあったはず。しかし、今大会の代表メンバー選考の早い段階で外されていたことが判明。その理由は「保険」だった。ここ数年の度重なる故障がネックとなり、保険適用対象外とされた。
周知のように、メッツのフランシスコ・リンドーア(プエルトリコ代表)、アストロズのホセ・アルトゥーベ(ベネズエラ代表)とカルロス・コレア(プエルトリコ代表)他、メジャーで活躍する選手が過去の負傷歴を理由に保険適用不可となり、出場辞退のドミノ連鎖を招いた。さらに、厳格化する審査には「37歳以下」の年齢制限も新たに設けられ、今大会直前に誕生日を迎えるドジャ―スのミゲル・ロハスは保険契約を結べず、熱望していた母国ベネズエラ代表として出場することを断念している。
「ドミノ辞退」と「問答無用の年齢制限」には、高額年俸を手にするメジャー選手たちの参加欲求の高まりと不測の事態に対する障害保険会社のリスクマネージメントが色濃く出ている。
WBC期間中に選手が練習や試合で怪我を負った場合、所属球団の損失に保険が適用され、また、負傷選手の怪我が長引きシーズン突入後に欠場を強いられるケースにも保険会社が球団に対して欠場期間の給与を支払う。高年俸選手の補償負担額をできるだけ抑えたい保険会社が加入審査を厳格化した背景は、決して入り組んではいない。
事情通に取材…例に挙げたA・ロッドの10年277億円契約
“双曲線は軸とは永遠に交わらない”――。出たい選手とリスクを極力避けたい保険会社との関係はまさにこれである。氷と炭のように相容れないそれぞれの曲線がはっきりと描かれた好例がある。
前回のWBC直前で、ドジャースのエース左腕クレイトン・カーショーは泣く泣く出場を辞退した。保険会社が2年連続の長期離脱を理由に適用外とし、ドジャースも年俸20億円投手の給与保証リスクを負わなかった。出場に並々ならぬ意欲を燃やしていたカーショーは、保険の個人負担まで考えたが「高すぎた」と嘆いた。
私は、以前から高額年俸選手をかかえる球団と保険会社との関係性を気に留めてきた。2028年に行われるロサンゼルス五輪と障害保険について書いている。参考にしていただくとこの点についてよりイメージが湧くであろう。
年々拡大を続け巨大市場となったメジャーリーグ。過去をさかのぼると、年俸の高騰と保険の関係性の現在地が見えてくる。メジャー球団の保険を扱っていたぺンシルべニア州の会社とかかわりがあった事情通に聞いた。2001年にアレックス・ロドリゲスがレンジャーズと結んだ10年2億5200万ドル(当時のレートで約277億円)の歴史的な高額契約を物差しにして、彼は「契約と保険」を解きほどいた。
大谷翔平の“後払い”は「球団が保険でもものすごく助っている」
「あの頃は、年俸2000万ドル(当時レートで約27億円)の選手だと保険の掛け金は400万ドル(約4億5000万円)くらいかかっています。なので、ロドリゲスの契約の裏でヒックス球団オーナーは大汗をかいていました(笑)。で、保険料というのは、選手の故障歴の有無、それと、野手より怪我のリスクが高い投手とでまた変わってきます」
10年という長期契約のリスクに関してはどんな見方がされていたのだろうか。
「巨額の長期契約成立は今と比べたら本当に少なかったです。当時は、3年でも長期だったしマックスでも5年かな。だって、選手は年齢を重ねることで疲労の蓄積や体力の衰えから怪我に見舞われる確率が上がってくるわけでね。オーナー側にしてみれば『保険はどうするんだ』ってなりますよね。それに、これを聞くと驚くと思いますけど、ロドリゲスの契約締結の2年後には、保険料が3倍以上アップしているんです。あれから四半世紀が経ちました。今の相場がどんなふうになっているか、それは言わずもがなです」
レンジャーズが締結した「世紀の契約」は、わずか3年で終わる。ロドリゲスが「世界一を狙えるチームでやりたい」と言い放ちヤンキースに移籍してしまう。ただ、これは表向きの理由だった。事情通の彼いわく、「トム・ヒックスオーナーが保険の支払いに限界を感じたのが短命契約の原因」と、ここで、一呼吸あって、いい間合いで話を結んだ。
「ショウヘイ・オオタニがドジャースと交わした10年は、年俸の大半が後払いですからね。ここまでお話したことを参考にしてもらうと……どうです? 球団が保険でもものすごく助っているってことが見えてきませんか」
ビジネスで「商品」とされる選手も生身の人間である。WBCに出場した仲間から感動話を聞かされれば、国際大会への参加欲求は高まっていくもの。選手の“熱いロマン”と保険会社の“冷たい計算機”のせめぎ合いは、今後さらに先鋭化していく。両者が最適解を導き出すことはできるだろうか――。
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【マイ・メジャー・ノート】
1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト・木崎英夫記者による深堀りコラム。現場での取材からはもちろん、豊富な取材メモから送るエピソードも。コアなMLBファンのための記事を原則週1本配信。
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)