高校球児に「大人が変に気を使っている」 延長18回の伝説を経て…代弁した選手の思い

3球団でプレーした太田氏が振り返る甲子園の日々…明かした思い
元近鉄、巨人、阪神でプレーした太田幸司氏は、野球評論家の傍ら、宝塚リトルシニアの総合技術アドバイザーとして野球に携わっている。あの1969年夏の甲子園決勝・松山商戦での延長18回0-0引き分け再試合の大熱投から半世紀以上が経過。1984年に阪神で現役生活を終えてからも41年を越えた。13年所属した愛着ある近鉄も“消滅”して、21年の月日が流れたが、かつての“国民的スター右腕”は、高校野球にもプロ野球にも、熱い思いを抱いている。
「土日で解説などの仕事がないときには(宝塚シニアの)グラウンドに行っています。60歳くらいまでは、シニアでもちょっと前からバッティングピッチャーとかで投げていたけど、もうそれは無理、無理。届かない。肩が回らない。情けない話ですけどね」と太田氏は言いながら「いい選手もいます。これから楽しみですよ」と目を細めた。野球を通じて成長していく子どもたちの姿を見るのが楽しみでしかたないようだ。
太田氏は現役引退後に結婚し、2男1女の父でもある。長男も次男も宝塚シニアを経て高校野球で活躍。「長男は福知山成美で甲子園にも出させてもらってね。長女は宝塚(歌劇団)で今も足を上げています」と優しい父の顔で話す。ちなみに高校時代から女性ファンに騒がれたが、当時、付き合っていた彼女はいなかったそうだ。「あの頃は街で女の子と歩いていたり、喫茶店とかに入ったりしたら不良とか言われていた時代。だから、逆によかったんじゃないかな」と笑った。
あの「コーちゃんフィーバー」の夏から半世紀以上が経過。「宝塚シニアの子どもたちは、夏の甲子園の中継などで、昔の映像が流れたのを見て『太田さん、出ていましたよ』とか言ったり、もうそんな程度ですよ。お父さん、お母さんもみんな若いし、まだ生まれていなかった世代だからね。よっぽど野球好きじゃないとね」と、外出も簡単ではなかった当時からすれば、考えられないほどの穏やかな日々を過ごしている。
「一時は、あの甲子園のことを言われるのが嫌な時期もあったんですよ。僕らの仲間でもそう。でも年をとってくると、それも変わってくるというかね。もし今、ああいう試合をやったとしても、あの頃みたいに日本中が盛り上がるかというとそれは分からない。あの時代だからこそ、ああいうことになったというか……。でも、ひとつだけ高校球史に残るのは決勝で18回。これはもう二度とないですからね」
願う高校野球の発展「選手の思いは昔も今も変わっていない」
OBとしてプロ野球界がさらに盛り上がってほしいと切に願う。「どんどんメジャーに行くようになったから、このペースで行ったらどうなるのって思いますけどね。それこそ日本の野球もメジャーと合併したらいいんじゃないかって思ったりもしますよ。10時間くらいの飛行機移動は、向こうの選手は屁とも思わないだろうしね。その前に手始めとして韓国、台湾と、アジアでリーグ戦をやるとか、とにかく何か新しいことをやらないといけないんじゃないかなぁ」。
その上で「ピッチクロックとかさ、どうなんだろうね。そりゃあ、ずーっとダラダラ長いのはいけないけど、ピンチになったら、いろんなことを……。日本って囲碁将棋があるでしょ。この一手を打ったら、次に何をどうこうって考える間があってね。野球もそこからバッテリーが勝負して、それを見ている側も何が来るとか、読むとか、そういう面白さもあると思うんですけどね。そんなに急いでどこ行くのよ、ですよ、本当に。(ミスタープロ野球の)長嶋(茂雄)さんも怒るよ。野球は感性ですよ」とも口にした。
高校野球についても熱い思いを抱いている。「僕は、やっている選手の思いって昔も今も変わっていないと思う。大人の方が変に気を使っているんじゃないかな。健康が一番だ、といってね。だって甲子園で試合をやっている方が楽なんだから。普段、暑いなかでどれだけ練習しているの。それをみんな言わないでしょ。なんか涼しいところでやっていたのが急に暑いところで野球をやるみたいな、で、夏の甲子園は体に悪いって。選手を大事にすることに反対するつもりはないけど、どうなんだろうなって……」などと、語り出したら止まらなかった。
古巣の近鉄は2004年限りでオリックスに吸収合併されて消滅した。「バファローズの名前は残っているけど全然違う。OB会だってもうないからね。今のオリックスは関西の球団として見ていますよ」と話す。1年ずつ在籍した巨人、阪神のOBでもあるが、根底にあるのは、やはり13年間にわたって培われた“近鉄魂”のようだ。
他の人たちとは違う特殊な野球人生となった太田氏だが、それは形を変えて今も継続中だ。「宝塚シニアの野球もそうだし、なんかちょっとでも死ぬまで野球に関わっていたいなと思っています」。74歳になった甲子園の“元祖アイドル右腕”は、“生涯野球人”を誓っている。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)