大谷のバット借りたり、フォーム戻したり…「本当に来ちゃいけない時に来た」
頭を抱え、呆然とするしかなかった。侍ジャパンは第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の準々決勝・ベネズエラ戦に敗れ、初めて8強止まりで大会を終えた。誤算のひとつとなったのが、大会13打数無安打に終わった近藤健介外野手の大不振。侍ジャパンは“想定外”の布陣を最終戦で敷くことになった。
「言いたいことはただ一つです。最高の景色を見て、最高のチームとなって終われるように、日の丸の重みを背負って、全身全霊で戦っていきたいと思います」
宮崎キャンプの最終日、グラウンドにできた大きな輪の中心で手締めの挨拶をしたのが近藤だった。メジャー組の野手がいない宮崎キャンプでは、野手の中では中心的存在として汗を流した。毎年打率3割超えを記録し、今大会も活躍が期待されたが、まさかの苦難が待っていた。
近藤がオフに着手していたのが、高めの速球に対応しやすくするための上体を立ててバットを高く掲げるフォームだ。宮崎で行われたソフトバンクとの強化試合では初戦でいきなり2打席連続安打を放つなど、貫禄を見せたが、メジャー組もチームに加わった名古屋での2試合、大阪でのオリックス戦と3試合連続で無安打。最後の強化試合となった阪神戦では結果を求めて急きょフォームを戻す決断を下した。WBC初戦は、もう3日後に迫っていた。
阪神戦では2安打を放ったものの、大会初戦のチャイニーズ・タイペイ戦では打線が爆発する中、近藤は一塁方向へのゴロを量産。メジャー組がずらり並ぶ中で“NPBの顔”として上位打線に座った近藤が、まさかの無安打で1次ラウンドを終えた。
プロで15年間を過ごし、幾度となく好不調の波は経験している。「(バッターは)ずっと調子がいいわけではない。本当に来ちゃいけない時に来た」。10日のチェコ戦前には大谷のバットを借りて打撃練習を実施。1日に行われた京セラドームでの練習で大谷バットを試用して快音を響かせており、復活のきっかけを掴もうとしていた。
ベネズエラ戦前、近藤はバットを1本握り、ロッカーへと入っていった。球場に訪れた前回大会の日本代表メンバー、ラーズ・ヌートバーが「打線のキーマンを挙げるならコンドウ。彼はこのチームにおいて重要な役割を果たす」と話す裏で、ノックでは、佐藤が右翼の守備についた。グラウンドの報道陣の間では「近藤が外れて佐藤輝明がライトか……」と推測の声があがった。数時間後に発表されたスタメンに、やはり近藤の名前はなかった。
「今から準備しておこうって」亀井コーチが宮崎キャンプで語っていた準備
宮崎キャンプでのシートノックは、左翼に森下翔太、中堅に周東佑京、右翼に近藤という形で連日行われた。その中で、合宿5日目には中堅に森下が入り、佐藤輝明が右翼の布陣もテストしていた。
左翼は吉田正尚、中堅は鈴木誠也、そして右翼は近藤がレギュラーになることが濃厚だったため、亀井善行コーチは「もうとにかく危機管理。何が起こるかわからないから、今から準備しておこうっていうところですね」と、万が一の時のための準備だと説明。しかし、結果的に準々決勝では右翼のスタメンは佐藤。鈴木の負傷で2回から中堅に森下が入り、その“危機”が現実となってしまった。
ベネズエラ戦の3点ビハインドの8回、ベンチでは近藤が手袋のベルトを力強く締め、出番を待った。2死一、二塁で打席には牧。ネクストには近藤が立ったが、牧が遊ゴロに倒れ、打席は回ってこなかった。
9回は1死から代打で登場。ここまで本戦では使ってこなかったグリップテープを巻いたバットを握ったが、剛腕パレンシアを前に、内角の159キロで見逃し三振。直後に大谷翔平が遊飛を打ち上げ、試合終了。勝利に沸くベネズエラナインの奥で、1人立ちつくし、口を開け頭を抱える近藤が見えた。
「何もできなかった」
当然のように期待された上位進出には遠く及ばず、初の8強止まりという屈辱を味わった。
「ここで学んだことを今後につなげたいですし、悔しかった。今よりもっと成長するきっかけになればいいなと思います」。苦しい中でも報道陣の呼びかけには必ず応じ、敗退後も立ち止まって記者の前で必死に前を向いた。
活躍を確実視されていた男の結果は、本人にとってもチームにとっても想定外だった。
(上野明洸 / Akihiro Ueno)