「人に好かれる選手になれ」 甲子園を知る名将の教え 佐々木力監督が郁文館野球部で貫く信念

2024年1月から私立・郁文館の監督に就任した佐々木力氏【写真:岡部直樹】2024年1月から私立・郁文館の監督に就任した佐々木力氏【写真:岡部直樹】

東京の高校野球の「今」に迫る、豊嶋アナがレポート

 冷たい冬の風が吹き抜ける郁文館野球部のグラウンド。そこには、かつて常総学院を率いて甲子園に出場し、プロ野球選手も輩出してきた佐々木力監督の姿があった。名将・木内幸男氏の薫陶を受け、強豪校の監督として実績を積んできた指導者が今、東京の地で新たな挑戦を始めている。東京の高校野球番組を10年以上取材を続けるフリーアナウンサーの豊嶋彬氏が出会ったのは、厳格な規律と張り詰めた空気という強豪校のイメージとは裏腹に、驚くほど楽しそうな雰囲気に包まれた練習グラウンドだった。

 選手やマネージャーたちが口を揃えて「野球部生活が楽しい」と語る背景には、佐々木監督が持ち込んだ深い愛と、教育者としての確固たる信念がある。

「郁文館に来たとき、下級生はグラウンドにも入れず、外でトレーニングや素振りをするだけの状況でした。イップスになっていたり、やめたいという子が何人もいた。まずはそこを直して、『野球は楽しいんだよ』ということを伝えなければならなかった」。

 佐々木監督が振り返る就任当初の状況は、決して明るいものではなかった。しかし、その改革の手法は実に独特だった。監督が最初に見せた背中は、威圧的な指導ではない。自ら率先して水をまき、グラウンドを整備し、さらには選手のために大釜でカレーを作る―そんな姿だった。

「自分たちが動くことで、保護者の皆さんや生徒たちの信頼を得ていく。俺たちがやるから、君たちもできることをやってくれという方針です」。

 改革は環境づくりにも及んだ。当時、保護者が練習試合を見学することさえ制限されていた野球部の文化を、佐々木監督は大きく変えた。「そういうのをなくして、どんどん見に来てくださいと。相手校の許可が得られれば、どんどん写真も撮ってあげてくださいと変えていった。そうしたらたくさん保護者の方も来ていただけるようになった。強豪校と試合をやれるときは、『有名校が見られる』となって、すごく楽しんでもらえた」

 試合内容はすぐには結果が出なかった。それでも、少しずつ強豪校に食らいつくようになってきた選手たちの姿に、佐々木監督は確かな手応えを感じている。

愛情込めた「監督飯」が育む信頼関係

 SNSでも話題になっている「監督飯」。大釜でカレーを作ったり、ヒラメやアジをマネージャーに教えながらさばいたりと、高校野球の監督らしからぬ姿が度々紹介されている。「元々、体作りが大切だということをわからせるために始めたんですが、愛情込めて作った方が、子供たちも意気に感じてくれる」。学校には特注の大盛メニューを依頼し、保護者からも理解を得て差し入れをもらえるようになった。今、倉庫には300キロもの米が備蓄されている。監督の表情は、もはや父親のように優しい。

 佐々木監督が選手たちに繰り返し説いているのは、野球の技術以上に生活の大切さ、人に好かれるようになることの重要性だ。

「一般生徒にも好かれて、学校の教員にも好かれて、地域の皆さんにも好かれて、そして甲子園に行けるようになれば、みんな応援してくれる。でも、自転車で並列走行して苦情が出てくるようでは、地域の人は応援してくれないし、授業中寝ていれば、学校の先生だって応援してくれない」

 甲子園という大舞台に立ったとき、誰も振り向いてくれないような選手になってはいけない。人に好かれるにはどうしたらいいのかを高校時代に教えておかなければ、大学に行ってから投資してくれる人がいなくなってしまう。佐々木監督の言葉には、教育者としての強い思いがにじむ。

打撃練習を行う私立・郁文館野球部の選手たち【写真:岡部直樹】打撃練習を行う私立・郁文館野球部の選手たち【写真:岡部直樹】

恩師から受け継いだ「試合のための練習」

 グラウンドでの練習指導にも、明確な信念がある。恩師・木内幸男氏から受け継いだ「練習のための練習をしてはいけない」という教え。常に試合のための練習をしなければ意味がない。練習時間が短ければ短いほど、中身を濃くする。ベンチワーク一つとっても、試合でどう機能するかを常に考えさせている。

 投手育成についても、独自の考えを持つ。「必ずしも145キロを出せるピッチャーじゃなくて、やっぱり出し入れできるピッチャーを育てるということを考えています。自分も甲子園に行ったときに、豪速球投手で行ったことはない。鈴木昭汰(現ロッテ)も135キロくらいだし、飯田晴海(現・郁文館コーチ)も130キロそこそこのピッチャー。みんなそういうピッチャーで勝ってきている」。

 東京の強豪校それぞれの特徴を分析し、機動力の関東第一、バッティングの帝京など、どう対策するかをバッテリーを中心に研究させている。今のチームには負け癖が染みついている部分もあるが、レベルの高い相手に練習試合で勝つ経験を積み重ねれば、おのずと意識は変わってくると信じている。

「今年の夏までには何とか仕上げたい。3年後、4年後に甲子園だなんて言ってるとなかなか難しい。1年生で計算できるような選手が入ってきたら、どんどん起用しながら、3年生、2年生と競争意識を持たせて、夏には何とかベスト8以上、甲子園を狙えるようなチーム作りをしていきたい」。

 甲子園という大舞台を何度も経験しているからこそ、その景色を教え子たちにも見せたいという思いは強い。満員の観衆の中でプレーすることの素晴らしさ、そしてそこで勝つための準備。郁文館という新たな地で、今まさにその種がまかれている。

 インタビューの最後、佐々木監督は穏やかに、しかし力強く言った。

「体が続く限りやっていくしかないですね。子供たちが、郁文館で2年半やってよかったと思えるのが一番いいことだと思っていますから」。

 名将は、厳しさと優しさを兼ね備えた教育者だった。郁文館高校野球部が、東京の高校野球界に新たな旋風を巻き起こす日は近い。夢の舞台・甲子園へ。佐々木監督と選手たちの熱い夏が、もうすぐそこまで来ている。

【筆者プロフィール】 豊嶋 彬(とよしまあきら)1983年7月16日生まれ。フリーアナウンサー、スポーツMC。2016年から高校野球の取材活動を始め、JCOMの「夏の高校野球東西東京大会ダイジェスト」のMCを務めている。高校野球への深い造詣と柔らかな語り口を踏まえた取材・実況が評価されている。スポーツMCとしての活動のほか、テレビ番組MCなど幅広く活動中。

(豊嶋彬 / Akira Toyoshima)

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