運転中に鳴った電話で「来ちゃったか」 告げられた“構想外”…即決した「もう辞めよう」

荒木貴裕氏は2023年限りで引退「他球団でやるのが想像できなかった」
ヤクルト一筋で14年間プレーした荒木貴裕氏は、2023年限りで14年間の現役生活に終止符を打った。最終年は、腰痛により普通に歩くことも厳しいほどの体の状態。球団から構想外を告げられると、引退を“即決”した。
2021年に100試合に出場した荒木氏だが、2022年は47試合と激減。そして2023年は1軍での出場がないまま、シーズンは終盤を迎えていた。敵地での西武との2軍戦を終えて車で帰宅中、電話が鳴った。
「球団の方から『明日、戸田寮に来られるか』と言われて、その日はオフだったんですけど行ったところ、そういう話をされました。最後の年はいいときがあっても1軍には上がれなかったので、自分の中ではある程度覚悟していたし、話を聞いて『来ちゃったか』くらいの感じでした」
告げられた“構想外”も、荒木氏の気持ちは決まっていた。「担当スカウトの方がいて、その方のおかげでヤクルトに入ったので、他球団でやるというのが想像できなかったんです。自分の中では、その時点でもう辞めようと」。しかし2軍はまだ1週間ほどシーズンを残していた。心変わりする可能性も含めて、1週間、考える時間をもらうことにした。

腰痛で真っすぐ歩けず「病院で検査を受けても治らないと言われて」
2軍の試合を最終戦までやりきったあと、球団側には現役を引退することを報告した。このとき、腰は限界。「真っすぐ歩けない状態でした。病院で検査を受けても、治らないと言われて。間のクッションみたいな部分がすり減ってなくなっていると。トレーニングをして悪いながらにやるしかなかったので……」。ここが“引き際”だった。
14年間を振り返り「レギュラーになれなかったのは悔しいと思いますけど、悔いはないです。やることをやったなって思うので」と清々しい表情で語る。そして「本当にいい出会いに恵まれました」と感謝した。
現在は富山ふるさと大使として、生まれ故郷に貢献するための活動に積極的に取り組む。また子どもたちへの野球指導やピラティススタジオ開業など多岐に渡って活躍している。2021年には20年ぶりの日本一を決めたウイニングボールを掴んだ荒木氏。かけがえのない14年間の経験は、これから続く人生の財産となっている。
(町田利衣 / Rie Machida)