乱闘劇を呼んだ死球…故意か問われ「ばかげたことにかかわる気はない」 伝説左腕がついた“嘘”と、<baloney>の真意【マイ・メジャー・ノート】

  • 木崎英夫
    木崎英夫 2026.05.01
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1999年のマリナーズ対エンゼルス戦で乱闘騒ぎが勃発【写真:アフロ】1999年のマリナーズ対エンゼルス戦で乱闘騒ぎが勃発【写真:アフロ】

長年のメジャー取材で…記憶に残る単語とその背景を補完した「言葉のしずく」

 日本のメジャーファンが目にする記事には、当然だが、日本語に訳された監督や選手たちのコメントが載る。それを読めば発言者の意図も感情も汲み取れるだろう。ただ、何について言っているのかは分かっても、本人がどのように言ったかは分からない。

 一つの事象にかかわった選手が抱く感情がたとえ仲間と同じだったとしても、発する言葉には違いがある。語彙力や趣向の違いなども関係してくる。言葉と表現には、さまざまなアングルがあり、その背後には文脈がある。

 記事化の過程で捨てられてきた英語の単語や表現で、「メジャーらしさ」に出会えることがあり、それを取材の楽しみの一つにする私は、印象的なものを記憶のパラテクストとしてコツコツと保管してきた。サブスクになり新たなスタートを切ったこのコラムでやりたいことの一つに決めていたのが、記憶に残る単語とその背景を補完した「言葉のしずく」である。絞り出す一滴一滴には等身大のメジャーが映る。最初の一滴は、死球合戦と関係した“ソーセージ”である――。

 ❚baloney=はぐらかしの極意はソーセージにあり❚

“ baloney ” [bəlóuni](ボローニャソーセージ)は、「ばかげたこと」という意味で日常会話によく登場する。” bullshit ” や” nonsense “もよく聞かれるが、“ baloney ”は原義が原義だけに感情度は穏やかで語の響きにも丸味がある。

 打者に死球をぶつけてしまい、それが故意かどうかを問われた投手がこの単語を使って釈明したことがあった。

 イチローがマリナーズに移籍する2年前の1999年のことだった。

 4月16日、エンゼルス本拠地のエジソン・フィールドで行われた試合で、当時マリナーズのエースとして活躍していた技巧派左腕ジェイミー・モイヤーは、3連戦の初戦に登板。降板直前に満塁弾を浴びて7回途中9失点2死球の内容だった。試合後、乱闘劇につながった2つ目の死球について、エンゼルス担当の記者が「意図的ではなかったか」と直球を投げ込んだ。

 モイヤーは、表情を変えることなく淡々と答えた。

「僕はそんなばかげたことにかかわる気はないから。死球を献上して満塁にしてしまったら、点差を一気に広げられる可能性が出てくる。意図的にやるなら、それは自滅同然の行為だよ」

 問題視されたのは、7回裏、3点ビハインドの1死一、三塁で3安打を放っていたエンゼルスの強打者トロイ・グロースへの死球だったが、6回には本塁打を浴びた後の打者が当てられていたことから、その記者の質問には含みがあった。モイヤーは、メジャーの不文律に則ったものではないということを ” baloney ” で表した。

 ところが……。最終戦で勃発した死球合戦でモイヤーの弁は信憑性を失ってしまう。

マリナーズ時代のルー・ピネラ監督【写真:アフロ】マリナーズ時代のルー・ピネラ監督【写真:アフロ】

マリナーズのピネラ監督がぶちまけ「うちの投手はやられた打者をかばう気持ちからだったよ」

 第3戦の初回だった。好調のグロースが同カード2個目の死球を食らうと、3回にはマリナーズの主砲ケン・グリフィーJr.がターゲットにされ不穏な空気が流れた。しかし、事はそれだけでは終わらなかった。4回、本塁打を放ったグロースの次に打席に立ったトッド・グリーンが死球を受け遂に乱闘勃発。3人が退場を宣告された。忘れずに付言すると、エンゼルスの選手は5回にも死球を受けている。

 大荒れとなった試合後、マリナーズの選手たちは死球について口を閉ざしたが、歯に衣着せぬ物言いで知られるルー・ピネラ監督は黙っていなかった。

「ケンが食らったのは、おとといのモイヤーのお返しだろ」

 タガが外れたピネラ監督は最後に、こうぶちまけた。

「うちの投手はやられた打者をかばう気持ちからだったよ。それに、頭じゃなくて体の真ん中だったから、いいじゃないか」

 翌日のロサンゼルス・タイムズ紙は、合計6個の死球が記録されたエンゼルスとマリナーズの戦いを ” You-hit-that-and-I’ll-hit-you-weekend ” の見出しを付けて報じた。

モイヤーは2012年にメジャー最年長勝利記録を更新

 モイヤーは、引退間際の2012年4月17日、本拠地クアーズ・フィールドでのパドレス戦に登板し、49歳151日で勝利を挙げ、メジャーの最年長勝利記録を更新している。

ジェイミー・モイヤーの自伝『Just Tell Me I Can't』【写真:木崎英夫】ジェイミー・モイヤーの自伝『Just Tell Me I Can't』【写真:木崎英夫】

 彼に、登板前の準備について聞いたことがある。

「映像を見たりデータを読んだりはほとんどしない。ずっと作ってきたメモを見る。配球はもちろん、打者の反応や仕草から感じたこと、特にピンチのときの打者の一つひとつの動きを僕は忘れないようにしてる。チェンジになってベンチに戻るとそういうのをメモした。時々、読みづらくてちょっと考えることもあるけどね(笑)」

 経験の中で培われた直感力を頼りに、打者の意図を見抜く投球術を磨き続けたモイヤーは、浮き沈みが激しいメジャーのマウンドで25年間も奮投した。

 130キロ台のストレートと120キロ台のシンカーに、110キロ半ばのチェンジアップと100キロ前半のカーブを織り交ぜる緩急自在の投球で打者に挑み、昔気質の気風を重んじたジェイミー・モイヤーは、屈辱を味わえば臆することなくやり返すという強靭な意志を “ baloney “ に練り込んでいた。

▶ “I am not going to get involved with that baloney.” 僕はそんなばかげたことにかかわる気はないよ。(ジェイミー・モイヤー)

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【マイ・メジャー・ノート】
 1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト・木崎英夫記者による深堀りコラム。現場での取材からはもちろん、豊富な取材メモから送るエピソードも。コアなMLBファンのための記事を原則週1本配信。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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