誤審晒され、ファンから批判…“Human Error”で酷な現実も ロボット審判が生んだ「目から鱗が落ちる体験」

  • 笹田大介 2026.05.02
  • MLB
打席中にABSチャレンジを行うドジャース・大谷翔平【写真:黒澤崇】打席中にABSチャレンジを行うドジャース・大谷翔平【写真:黒澤崇】

今季から導入された新システム、チームや選手はまだ戦略性を確立できていない?

 MLBでは今季からABS(Automated Ball-Strike System=自動ボール・ストライク判定システム)チャレンジが導入された。この新たなシステムは現地でどのように受け止められているのか。概ね好評のようだが、判定を間違えた審判員がファンから厳しい批判を浴びるという問題も浮上している。

 ABSチャレンジのルールを改めておさらいしておこう。各チームが1試合につき持っているチャレンジ権は2回。成功する限りこの回数は維持される。延長に入ると、チャレンジ権が0回になっていても1イニングにつき1回のチャレンジ権が追加に。権利を行使する場合は、審判の判定後、ダグアウトやチームメートの助けを借りることなく、およそ2秒以内にチャレンジを行わなければならない。

 ストライクゾーンの定義は、ホームプレートに2次元の長方形を使用。そのサイズは各選手の身長に基づいて決定されている。これは興味深い点であり、MLB審判員がホームプレートの前部や後部を通過することを考慮して判定する3次元のストライクゾーンとは異なるのである。また、野手が投球している場合はチャレンジは認められず、技術的な不具合が発生した際は元の判定が有効となり、チームはチャレンジ権を失わない。

 各チームは、この新システムへの戦略を模索している。開幕直後、米メディア「ジョンボーイ・メディア」のクリス・ローズ氏は、トーク番組「ベースボール・トゥデイ・ウィズ・トレバー・プルーフ」の中で、チームや選手によるABSチャレンジの使い方に対し、戦略性がないと分析した。

「まず第一に、私はこのシステムが大好きだ。しかし、各チームにはいつチャレンジすべきか、あるいはすべきでないかという戦略がまだ全くないことが見て取れる。そして、選手たち自身もそれほど深く考えていない。ある試合において、9回表にアウェーチームがリードしている試合で打者が最後のチャレンジを使ってしまった。本来なら9回裏の投手のために取っておくべきだった」

 これに司会者のトレバー・プルーフ氏(元ツインズ)も続いた。

「チャレンジは『スイング・カウント』で使うべきだ。例えば1-1カウントで、ボールがストライクと判定され、2-1ではなく1-2になってしまうような場面だ。打率に最も大きな差が出るのがそこだ。2-1のカウントと1-2のカウントでは、打席の結果を大きく変える可能性がある。また、より重要な局面のためにこの権利を温存しておく必要がある」

マウンド上でABSチャレンジをリクエストするドジャース・大谷翔平【写真:黒澤崇】マウンド上でABSチャレンジをリクエストするドジャース・大谷翔平【写真:黒澤崇】

 また、プルーフ氏とローズ氏はチャレンジを行うのは捕手が最も適任であると指摘している。

「投球時には投手や打者の方が頭部の動きが多いため、ストライクとボールを判別するのが物理的に難しいからだ。さらに、捕手は投手や打者に比べて、審判の判定に対して感情的に巻き込まれる可能性も低い」

 ABSチャレンジの導入初期段階では、このような「戦略的な要素が欠けていた」という声はあるものの、試合におけるABSの判定は正確に機能しており、評価は全体的に非常に好意的と言える。

ABSではストライクボールは3次元ではなく2次元で判定

 その上で、プルーフ氏は、ベテラン審判CB・バックナーが球審を務めた3月28日(日本時間29日)のレッドソックス‐レッズ戦に言及した。この試合、バックナー球審へのチャレンジは6回行われたが、その全ての判定が覆った。これを受けて関係者は、このシステムが正義感をもたらしていると喜んだという。

 米メディア「ジ・アスレチック」のケン・ローゼンタール記者も、この試合でレッズの三塁手エウヘニオ・スアレスが、バックナー球審による2つの連続した三振判定にチャレンジし、ともにチャレンジに成功した場面について触れた。

「満塁の場面であったため、判定が覆るたびに観客は完全に熱狂した。その日の試合で最も大きな歓声であり、選手がホームランを打った時よりも大きな声援だった」

Rソックス-レッズ戦で判定に異議を唱えられたCB・バックナー審判(右)【写真:アフロ】Rソックス-レッズ戦で判定に異議を唱えられたCB・バックナー審判(右)【写真:アフロ】

 プルーフ氏は選手目線に立ち、こんな意見も述べている。

「実際に打席に立ってみると、判断がそれほど簡単ではないこともファンには知っておいてほしい。だから、当然ながら躊躇してしまうこともあるだろう。特に、チャレンジ権を失うリスクがあるからね」

 ABSチャレンジの初期の成功と好評ぶりから、各チームは今後、チャレンジの使用を増やしていくことが予想される。さらに、大局的な視点から多くの専門家は、ストライクゾーンが数年以内に完全に自動化され、ボールやストライクを判定する人間の審判の必要性がなくなるだろうと推測している。

 では、審判側の見方はどうか。前述したレッドソックス‐レッズ戦で、ABSチャレンジによって6回も自身の判定を覆されたバックナー審判員は、同週に一塁塁審としても明らかな誤審を犯した。この2つの出来事はネット上で話題となり、ファンから厳しい批判を浴びた。

 特定の審判員、さらには審判という職業全体に対する批判が高まる中、1976年~2021年の43シーズンにわたって歴代最多の5460試合を裁いたジョー・ウェスト氏は、米ポッドキャスト番組「ファウル・テリトリー」に出演した際、ABSチャレンジが試合に与える影響について自身の見解を以下のように明かしている。

「審判員たちがすべてを可能な限り明確にし、誰もが同じストライクゾーンを判定できるようにしようとしていることは分かっている。それは良いことだと思う。私がメジャーリーグに昇格した頃、審判によってストライクゾーンは異なっていた。どの審判がプレートの後ろのどの位置に立っているのか、選手たちは把握しておく必要があった」

 球審は捕手の真後ろに構えると思われがちだが、立ち位置はそれぞれの審判によって違う。ホームプレートの真後ろに立つ者もいれば、捕手の構えによって立ち位置を変える審判もいる。本来は一定でなければならないはずのゾーンは、実際には審判によって大きく違い、選手たちはそれぞれの特徴を頭に入れた上で対応しなければならなかった。その歴史を踏まえ、元審判員のウェスト氏はゲーム向上のためにはすべての審判に共通のストライクゾーンが必要だと繰り返し、ABSを肯定した。

 だが、ABSのストライクゾーンそのものについては批判した。ABSはストライクゾーンを2次元的な領域として定義し、投球がホームプレートの真ん中を通過したポイントを追跡するものになっているが、これは審判員たちがプレートの前後左右を3次元的なゾーンとして捉えていたものと大きく違う。2次元ゾーンに全く慣れていない審判にとっては、これが大きな課題となっているのが実情だ。

 元捕手のAJ・ピアジンスキー氏は、同番組内で2次元ストライクゾーンの欠点についてウェスト氏の意見に強く同意。ベテランのマイク・エスタブルックが球審を務めたヤンキース戦を例に挙げ、「彼はプレート中央で0.1インチ(約0.254センチ)低い球をボールと判定し、チャレンジで覆されている。だが、実際には彼が正しかった。なぜなら、ボールがプレートの前端を通過した時点ではストライクだったからだ。中央に到達するまでに0.1インチ下がっただけだった」と指摘した。

判定に対して打者がABSチャレンジを求める場面【写真:ロイター】判定に対して打者がABSチャレンジを求める場面【写真:ロイター】

選手と審判員の関係にも変化「彼が俺をアウトにしたのは、俺が嫌いだからじゃない!」

 共同司会者で元MLB捕手のエリック・クラッツ氏は、ABSチャレンジが審判に与える「精神的な負担」についてウェスト氏にこう問いかけた。

「選手たちが常にチャレンジし、判定が覆される中で、自分は正しい判定をしたと思っているのに、絶えず疑問を呈される。審判たちは、ストライクゾーンだけでなく、状況への反応の仕方において、自分の性格さえも調整しなければならないと感じるか?」

 これに対してウェスト氏は「ああ、その通りだ」と明言。「ボールがプレートの角に触れていたのに、ボールと判定してしまった、あるいはその逆だったことが、大画面で映し出されるのは本当に恥ずかしいことだ。審判として、見逃したくはない」と続けた。その後、ABSをMLBが初めてインスタントリプレーで導入し始めた頃と比較した。

「リプレーを導入し始めた時に起きた最高の出来事は、選手たちがようやく『審判は実際にすべてのプレーを正しく判定しようとしている』と気づいたことだ。それは選手と審判の関係にとって最良のことだった。判定が間違っていた場合、インスタントリプレーで確認し、我々がミスを犯したなら単純に訂正できたからだ。ようやく選手たちは『我々(審判)が正しい判定を下そうとしている』と気づいてくれた。それはまるで『目から鱗が落ちる』ような体験だった」

 さらに「彼らは『彼が俺をアウトにしたのは、俺が嫌いだからじゃない!』と気づいた。リプレーが導入される前は、そんな誤解が蔓延していたものだが、それは真実からかけ離れたものだった」と続けた。

 ウェスト氏はそんな経験を踏まえ、自身が尊敬するダグ・ハーヴェイ審判員(1962年〜1992年)から学んだ教訓を明かし、この議論を締めくくった。

「たとえ調子が最悪の日であっても、選手たちよりも優れた判断を下さなければならない。我々は怒ってはいけない。自分の仕事をこなすだけなんだ。もし退場になるような行動や発言をしたら、退場させればいい。ただ、怒ったり感情的になったりしてはいけない。自分の仕事をこなすことだけなんだ」

 戦う選手が真剣ならば、裁く審判員も同様だ。真剣勝負の中では、つい感情的になったり、ミスを犯してしまうのも、人間同士であれば致し方ないところ。その間違いを是正するために生まれたのが、ハイテクノロジーを駆使したリプレー検証であり、ABSチャレンジだ。だが、新たな取り組みには課題も付きもの。厳格なことで知られ、選手からのリスペクトも集めていたウェスト氏の言葉は重い。

 今季はまだABS導入1年目。今後の推移を見守っていきたい。

(笹田大介 / Daisuke Sasada)

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