失った球速が5年で激変「どんどん上がった」 苦闘10年→掴んだ守護神…WBC韓国代表辞退に抱いた葛藤

  • 羽鳥慶太 2026.05.04
  • MLB
3日のドジャース戦で今季9セーブ目を挙げたカージナルスのライリー・オブライエン【写真:黒澤崇】3日のドジャース戦で今季9セーブ目を挙げたカージナルスのライリー・オブライエン【写真:黒澤崇】

負傷でWBC辞退のオブライエン、カージナルスの守護神として大人気

 今年3月に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は、メジャーリーグの選手がそれぞれのルーツを背負って戦う姿が新たな楽しみを生んだ。ただ所属チームの都合や故障で、代表入りを望んでもかなわない選手もいた。

 カージナルスのライリー・オブライエン投手には母の出身地、韓国代表入りしないかという誘いが届いたが、直前のキャンプで右足のふくらはぎを痛め参加できなかった。代表の課題を埋めてくれるはずだった“秘密兵器”は今、セントルイスの守護神として飛躍のシーズンを送っている。代表への夢、遅咲きを果たすまで苦闘のプロ10年間を語ってくれた。一度は失った球速を、どうやって取り戻したのか。

 カージナルスの本拠地、ブッシュスタジアムのロッカールームでオブライエンに声をかけた。WBCでプレーが見られなくて残念だった。それについて聞いてもいいですか――。

「いいですよ」と右手を差し出してくれたオブライエンには、「ジュンヨン」という韓国式のミドルネームがある。「意味は分からないけど、母方のおじいさんが生まれた時につけてくれたんだ。粋だよね。僕には韓国の名前もあるんだから」という言葉とともに、インタビューは始まった。WBCこそ出場辞退したが、今季はここまで16試合に投げ3勝1敗9セーブ。防御率2.20の好成績。本拠地のブッシュスタジアムでは、登場とともに歓声が上がる投手になった。

試合を締め、捕手のイバン・ヘレーラ(右)とタッチを交わすオブライエン【写真:黒澤崇】試合を締め、捕手のイバン・ヘレーラ(右)とタッチを交わすオブライエン【写真:黒澤崇】

「今のコンディションは良いです。怪我はとても小さかったけど、スプリングトレーニングの時だったので……。WBCに行けなかったことは不運だった。楽しみにしていたんだけど、シーズンに向けて確実に準備ができているようにしなければならなかったんです」。今年は、メジャーでの地歩を固めるシーズンでもある。言葉にも葛藤がにじむ。

 韓国はこの大会、2009年以来の1次ラウンド突破を目標に掲げ、見事かなえてみせた。東京ドームでの試合は、米国時間の深夜や早朝に行われる。オブライエンはリハビリや練習の合間を縫って、いくつかの試合を見たという。

 大激戦だった。台湾に延長タイブレークの末敗れ、豪州との最終戦は失点率の争いに。奇跡のような確率で準々決勝行きを決めた韓国ナインは、グラウンドで帽子やグラブを放り投げて大喜びした。

「とても熱意をもってプレーしていたように見えたし、みんな楽しんでいた。誰もが勝つことを大切に思っていて、WBCが彼らにとって大きな意味を持っていると感じられた。プール戦を勝ちぬけたのを見られたのは粋だったね。自分も一緒にいられたら、と思うけれど……」。はじける歓喜のエネルギーは、オブライエンの目にもまぶしく映った。

5年間で球速10キロアップの裏側…一度は失ったスピードを取り戻す

 

 ただ韓国は、米国マイアミに場所を移しての準々決勝でドミニカ共和国に0-10のコールド負け。敗退後、代表のリュ・ジヒョン監督は、今後の課題として国内投手の育成環境を口にした。若い投手が順調に伸びておらず、世界の球界で当たり前に進む“球速上昇”の波にも韓国は乗り切れていないとの分析だった。

 オブライエンこそ、短期的にこの課題を消化するための秘密兵器だった。最速101.1マイル(約162.7キロ)の高速シンカーを武器とする右腕は今季、速球の平均球速が98.3マイル(約158.2キロ)に達し、メジャーでも上位4パーセントに入る希少価値。「確かに私は力強い球を投げるし、球速がある。チームの助けになれたと思うけど……。自分がどれだけ力強い球を投げるかということも、ほとんどの韓国投手とは少し違うということは分かっている、彼らはさほど力強い球は投げない傾向にあるからね」。自分の役割も心得ていた。

WBC1次ラウンドを突破して歓喜する韓国代表【写真:加治屋友輝】WBC1次ラウンドを突破して歓喜する韓国代表【写真:加治屋友輝】

 韓国代表との接触は、2025年の春季キャンプにさかのぼる。リュ・ジヒョン監督らの訪問を受け「君を見ている。シーズンでどうなるか見たい」と伝えられた。その前年はカージナルスの3Aメンフィスが主戦場。メジャーでは8試合に投げて防御率11.25という投手にすぎなかった。

 シーズン中にも2度ほど、米国を訪れた指揮官と話す機会があった。家族にも、韓国代表になる可能性があると話していたという。そして期待に、数字がついてきた。開幕こそ3Aで迎えたもの、6月以降はメジャーに定着。42試合で3勝1敗6セーブ、防御率2.06。被打率.196に抑え込んだのだ。高速シンカーと、大きく変化するスイーパーとのコンビネーションで打者を翻弄。オフになり、正式に代表入りを要請されたのも当然だった。

 ただオブライエンは、ずっとこんな剛速球投手だったわけではない。2021年の速球の平均球速は91.9マイル(147.9キロ)しかなかった。春先は試合に投げず、レッズの育成施設で過ごした。「腕の振りが高くて、球威がなかったのでそんなに力強い球を投げていなかった」。球団はオブライエンを育成リストに載せ、かつての感覚を取り戻させる時間を与えた。

「そうしたら、物事が好転し始めたんだ」

 もちろんつらい時期だった。スタッフと二人三脚の取り組みは、原点回帰の方向へと向かった。「いいピッチングができていなかったし、何かしっくりいかなかったし、自分らしくなかった。育成リストに載っている間に、昔の映像とフォームを比べることもした。より低い腕の振りに戻したら球速も戻って、そこからはすべてがうまくいったんだ」。腕の位置はサイドスローに近いところまで、約20度も下がった。ドラフト指名されたときの状態に近いという。「あの頃は、もっと力強い球を投げていたからね」。更に良くなれると言わんばかりだ。

先に韓国代表入りしたトミー・エドマンが後押し「最高だった」

 5年間で、実に約11キロも球速が上がったことになる。オブライエンの言葉は、投手が自身のあるべき姿を維持するのが、いかに難しいかを浮き彫りにする。まるで違う投手と言えるほどの変化を果たせたのは「自分のメカニクスがどんどんなじんできたからだと思う。年々かみ合ってきていると感じた。それを通じて力強さを作り出せた。たくさん投げて、遠投して、よりなじんだのが大きかったと思う。それでどんどん球速が上がったんだ」と振り返る。

 だから2023年、マリナーズ傘下の3Aで1年を過ごした時も、焦りはなかった。「自分ではもう昇格の準備ができていると思ったけど、一度もお呼びがかからなかったので、自分でどうにかできることだけに焦点を当てた。ただピッチングを続け、外部のことは心配しないようにした」。オフのカージナルスへの金銭トレードで、道が開けた。

 オブライエンの歩いてきた道は、米国発の球速向上についていこうとするアジアの投手にも、大きな指針となる。プロに入ってから、球速を落とす投手は日本にも多い。本来の姿を取り戻すためには、いったい何が必要なのだろうか。

「体格や投げ方など個人差があるので、より力強い球を投げる助けになるものを、何かひとつ挙げるのは難しいね。自分は力強い球を投げられる能力に恵まれているとは思う。メカニクスがしっくりくればくるほど、投げ続けられている気がする。自分がしっくりくると思うことを一貫してやることが、球速を上げることにつながるとは、言えるかな」

ドジャースのトミー・エドマン【写真:黒澤崇】ドジャースのトミー・エドマン【写真:黒澤崇】

 今回のWBCで、韓国代表にも米国系の3選手が加わったように、メジャーリーグにはアジア系の選手も多い。その中でオブライエンに最も大きな影響を与えたのは、現在ドジャースのトミー・エドマンだ。2023年のWBCで、韓国系米国人として初めて韓国代表に招集された選手で、オブライエンとはカージナルス時代に同僚だった。「2年前、ここにトレードされてきた時に会ったんだ。リハビリ期間も少し一緒に過ごした。彼がWBCでの経験を話してくれて『すばらしかった、最高だった』と言っていたんだ」と振り返る。現在、カージナルスで売り出し中のJJ・ウェザーホルトも韓国系。もちろん日系のラーズ・ヌートバーもいる。不思議なコネクションのなかで、力を存分に発揮している。

 オブライエンはすでに31歳。2017年のドラフトでレイズに8巡目で指名されてから、もう10年目となる遅咲き選手だ。ここまで変われた要因は、自身の内面にもあった。「今ほど自信がなかったんだ。野球のメンタル面に取り組んだよ。自分を信じて、アウトを取って、メジャーで成功できると信じることが、とても大切だったんだ」。今はカージナルスのクローザーとしてマウンドに立つ日々を「ワクワクするよ。試合を締める、反撃の扉を閉ざす存在としてチームが信頼してくれている。張り詰めた状況だし気持ちが昂るけど、楽しいよ」と言い切れる。

 最後に、聞いてみた。もし次のWBCで、韓国代表に呼ばれることがあったら、どうしますか――。

「間違いなく検討するよ。今年できたらよかったけどね……。まだ先のことだけど、間違いなく検討するよ」。実現すれば、侍ジャパンの強敵にもなるはずだ。自信をつけて連ねる言葉は、どこまでも力強かった。

(羽鳥慶太 / Keita Hatori)

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