日本を3か月で去るも「素晴らしい時間」…“カブレラの代役”の今 現職で活きる福岡での経験、驚いたNPB選手の能力
カージナルスで打撃コーチ補佐を務める元ソフトバンクのブランドン・アレン氏【写真:上野明洸】2012年シーズン途中のカブレラ退団により急きょ獲得した“左の大砲”
JJ・ウェザーホルトやジョーダン・ウォーカーら、楽しみな若手が揃うナ・リーグの名門・カージナルスを、NPBの元助っ人が支えている。2012年のシーズン途中にソフトバンクに加入したブランドン・アレン氏は、1軍出場わずか12試合で退団。在籍わずか3か月だったが、現在は打撃コーチ補佐として日本での経験を生かしている。
「少しの間だったけど、素晴らしい時間を過ごしたよ」
現在40歳のアレン氏は、2011年にアスレチックスで松井秀喜氏とともに中軸を打ち、2012年3月にはマリナーズとの日本開幕戦で来日していた。メジャーでのシーズン最多本塁打は2011年の6本だったが、ヤンキースタジアムの右翼上段席へ特大アーチを叩き込むなど、怪力の持ち主だった。
2012年のソフトバンクは、7月下旬にアレックス・カブレラが退団。それに代わる長距離砲として、アレン氏のもとへオファーが舞い込んできた。「チャンスが来たんだ。NPBについて多くの素晴らしいことを聞いていてね、だから私も体験してみたかった」。カブレラが背負っていた背番号42を受け継ぎ、大きなサイズのユニホームに袖を通した。
ソフトバンク入団会見で秋山幸二監督と握手を交わすアレン氏【写真:産経新聞社】しかし、異国でのプレーには様々な壁が立ちはだかる。「まず最初に言葉。そして、食事も少し慣れる必要があった。(メジャーの)開幕戦のロースターに入って日本に来ていたから、ある程度分かっているつもりではいたんだけどね。投球はMLBと随分違う。90マイル後半を投げる投手は非常に少なかったが、全員スピンの効いたいい球を投げていたね」。
2軍では打率.233、4本塁打、OPS.802の成績を残したが、1軍では12試合で打率.171、0本塁打1打点、OPS.394と苦戦。当時チームでは、指名打者はウィリー・モー・ペーニャの定位置だったこともあり、アレン氏の出られる場所は小久保裕紀のいた一塁のみ。スタメンはわずか8試合だけとアピールの機会は少なく、そのチャンスをモノにすることはできなかった。
ソフトバンク退団以降はマイナーを転々とし、2016年限りで引退。その後はルーキーリーグのコーチから徐々に立場を上げ、2023年からMLBカージナルスで同職に就いている。
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(上野明洸 / Akihiro Ueno)
