DeNAとロッテでプレーしたブランドン・マン氏、現在はマーリンズのブルペンコーチ
「ヨロシクオネガイシマス。ニホンゴ、スコシワカリマス……」
メジャーリーグはデータ全盛時代。確認、伝達事項が増え、選手を支えるコーチの日常は多忙だ。それでもこの人には、どうしても話を聞いてみたかった。マーリンズのブルペンコーチを務めるブランドン・マン氏は、かつてDeNAとロッテでプレー。SNSでは時にひらがなでの投稿を行い、ファンに愛された投手だ。ドジャース戦前に声をかけると、質問に快く耳を傾けてくれた。
日本を離れた後は、台湾プロ野球に選手として飛び込み、その後は引退して韓国プロ野球で投手インストラクターも務めた。さらに米国に戻ってからはトレーニング施設の「ドライブライン」で指導者となり、メジャーに招かれ2024年からマーリンズへ。途中でブルペンコーチとなり、今季2年目を迎える。
来日前のマン氏は米国ではA+級までの経験しかなかったものの、2010年秋の入団テストに合格し横浜(現DeNA)入り。2011年には12試合で1勝1敗、防御率1.16の好成績を残した。翌年オフに退団すると、2013年には独立リーグ・ルートインBCリーグの信濃に身を投じたこともある。
「日本がとにかく大好きなんです。自分にとって第二の故郷だと思っています。日本で過ごした時間はとても良かったし、人々はとても良くしてくれました。知り合いには全員に、日本に行ったことがないのなら、絶対に行かなきゃいけないと言っています。日本の全てがとにかく大好きなんです」。日本語の習得にも意欲を燃やした。一番好きな言葉を聞くと「もうしばらく経ってるからなあ。当時好きだったのは……。ちょっと思い出しますね」と思案顔。絞り出したのは意外な言葉だった。
「一度、鉢巻きをもらったことがあって。なんて書いてあるのかと聞いたんです。うーん……。ヤマト・ダマシイ(大和魂)だ」
2014年から米国に戻り、パイレーツやアスレチックスのマイナー、更に独立リーグでも投げた。レンジャーズに所属していた2018年5月13日にはついにメジャーデビュー。2002年にレイズに27巡目(全体794位)でドラフト指名されてから実に16年、33歳と362日で果たした“快挙”だった。その裏には、日本での鍛錬の日々があったという。
日本野球の質に注目…支えているのは高校野球「信じられない」
「日本の野球は、基礎が信じられないくらいしっかりしています。毎日繰り返し行う基本練習が素晴らしい。ピッチャーもバント処理を必ずこなします。ベースへの送球、牽制の練習もそう。米国ではそこまで多くやりませんから。私は当時、投手としてのフィールディングがとてもひどかったんですが、米国に帰ってきたときには平均よりもはるか上の守備力が付いていました。仕事に取り組む姿勢、厳密にプログラムされた練習は本当にすばらしいと思います」
2019年は再び来日してロッテでプレーしたが、左肘を痛めて1勝もできずに退団すると、翌2020年には台湾の楽天モンキーズで投げ現役引退。2021年には韓国プロのロッテ・ジャイアンツでピッチングコーディネーターを務めた。アジアのプロ野球をすべて体験した選手はそれほど多くはない。3か国を見比べた時に、感じることはあるのだろうか。
「日本がかなり先を行っていると思います。素晴らしいリソースを持っているし、若い選手を指導する方法も素晴らしい。すべての選手をスター選手に作り上げていきます」。その中でも注目しているのが、高校野球というシステムだ。
「甲子園の大会も信じられないものです。私はよく見に行きました。高校生のプレーヤーのレベルは、他とは比較にならないほど高いです。あのレベルはアメリカでも見られませんし、私が行ったどの国もそのレベルには達していませんでした。自分でそこで育ったわけではないので、何がそのレベルに押し上げているのか、よくわかりませんが、若い選手たちが達しているレベルというのは、本当に信じられない高さです」
3月に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、日本代表は8強で敗退。これについても「全体的に、アメリカの選手のほうが速い球を投げるし、強い打球を飛ばすと思います。しかし日本の質の高さは間違いなくはるか上を行っていると思います」と、大きな実力差が原因ではないとみている。一昔前なら日米の違いに挙げられたパワーの差も、今や大きな問題ではないという。
「アメリカに来ている選手を見ても、例えばムラカミ(=宗隆、ホワイトソックス)はもう10本以上ホームラン打っていますよね。(大谷)ショウヘイもパワーはたっぷりあります。メジャーで1、2を争うパワーヒッターかもしれません。私はいろんな人に言うんですが、今、日本にはたくさんの優れた若い選手たちがいる。彼らはきっとアメリカに渡ることを望んでいるでしょうし、実際にそうなれば、メジャーリーグに大きなインパクトを与え続けていくのだと信じています」
日本、韓国、台湾を渡り歩いた経験「NPBの選手に一目置いています」
一方で、長年アジアのライバルだった韓国、台湾の野球は現在、日本から少し差をつけられているように見える。例えばお隣の韓国では、若い投手がプロに入って予想されたような成長カーブを見せられないのが問題視されている。野球部のある高校が100校ほどしかないなど選手層が薄く、プロ各球団の先発ローテーションには外国人がずらり。高卒の有望選手もまずリリーフで酷使され、気が付けば消えていくという流れができてしまっている。その渦中にいたこともあるマン氏は、何を感じたのだろうか。
実は、マン氏の夫人は韓国人。毎年オフには日韓両国を訪れるほどだ。「私がロッテジャイアンツでコーチをしていた頃は、若い選手の育成はあまり進んでいませんでした。5、6年前の話ですが、当時は日本よりも育成が遅れていました。その原因がリソースにあるのか、トレーニングなのかコーチングなのかは分かりません」。ただ「今の韓国の若い選手たちは、若い年齢のうちから強い球を投げられるようになっています」とも。先んじて日本が経験した変化を、韓国が追いかける形になっているという。
「私が最初に日本に行った時、まだ投手の球速はそれほど速くありませんでした。投球フォームも、当時彼らが採用していたもののままでした」。様々な選手やトレーナーが米国から最新のトレーニングを持ち帰り、球速上昇の波が起きた。マン氏が引退後に勤務していた「ドライブライン」からも、様々な情報が日本に伝わり、その名を知らない選手はいなくなった。
また、毎日のようにテレビに映る大谷翔平が、徹底したトレーニングで現在の肉体を作り上げたと知られるのも、日本野球の進化に影響しているのではないかという。「だから、より重いウエートを上げるトレーニングが増えてきているのだと思います。トレーニング方法も変わったんです」と見ている。
「日本が前に進むと、韓国の野球はその後を追う形になっていると思います。韓国野球のコーチは日本の野球を敬っていますしね。NPBがMLBから影響を受けるのと同様に、KBO(韓国プロ野球)はNPBから影響を受けているのです」
マン氏の言葉通りなら、MLBから始まったパワー向上の波がアジアに行き渡るのも時間の問題。かつてのように、アジアの国が火花を散らす時代はそう遠くないのかもしれない。
(羽鳥慶太 / Keita Hatori)