“野球の原風景”で育ったトウモロコシで…元MLB選手が造る“特別な”ウイスキーは「ファンの心に深く沁み入っていく」【マイ・メジャー・ノート】

『フィールド・オブ・ドリームス・ウイスキー』を造る元MLB選手のドリュー・ストーレン氏
“野球純度100%”の『フィールド・オブ・ドリームス・ウイスキー』をご存じだろうか。
1989年に全米で公開されたケビン・コスナー主演の『フィールド・オブ・ドリームス』の撮影場所となった、アイオア州の田舎町ダイアーズビルのトウモロコシを主原料にしたこのバーボン・ウイスキーは2023年5月に市場デビューすると、メジャーリーグの熱狂的な支持者たちの口コミで広がっていった。
ひいきのチームを極上の肴(さかな)として、グラスを片手に語り合うコアなファンの心を鷲づかみにした『フィールド・オブ・ドリームス・ウイスキー』を造ったのは、元メジャーリーガーのドリュー・ストーレン氏である。ケビン・コスナーが亡き父とキャッチボールをする感動的なラストシーンは、広大なトウモロコシ畑の一角をつぶして作った野球場だったが、ストーレン氏が描いた夢もそこから始まっている。
「映画の撮影場所は今もそのまま残されていて、全米の野球ファンが訪れる聖地になっています。そこで育ったコーンには他にはない野球の物語が詰まっていて、メジャーを経験した僕らが語り部となる野球純度100%の『琥珀色の物語』は、必ずファンの心に深く沁み入っていくはずだと考えました」
ストーレン氏は輝かしい球歴を持つ。
インディアナ州ブラウンズバーグ高校で快速球右腕として鳴らし、2007年のドラフトでヤンキースから指名を受けるも、西の名門スタンフォード大に進学。2009年のドラフトでナショナルズから2位指名され入団(同年の1位は全米の話題をさらったストラスバーグ)。2010年にメジャーデビューを果たすと、翌年には43セーブを挙げ守護神の座に就いた。ところが、メジャー3年目のプレーオフに落とし穴があった。

2012年秋、カージナルスと対戦した地区シリーズで、2点リードの9回に満を持して登板。しかし、2アウト2ストライクと追い込んでから4失点し、敗退の戦犯とされた。中継ぎへの配置転換など編成部門の不可解な方針に翻弄された2013年からは起伏に富んだシーズンを過ごした。29セーブを挙げた2015年限りでナショナルズを去ると、右肘の靭帯修復手術を受けた2017年までに3球団を渡り歩いた。
2020年の春、1年半のリハビリを終えフィリーズのキャンプにマイナー契約の招待選手として参加。万全な状態で臨んだが、肩の衰えを実感する日々に「燃えたぎる気持ちは生まれてこなかった」。そして世界を震撼させたコロナ禍が始まる。キャンプは中断され、公式戦開幕は夏場までズレ込む事態に発展。ストーレン氏は解雇を通達されたが、既に第二の人生の青写真は出来上がっていた――。
独身最後を祝うパーティーでの“出会い”…芽生えた想い
2014年の結婚前夜に振る舞われた幻の銘酒が、新たな夢の入り口へと誘った。
サンフランシスコのウイスキー・バー「Hard Water」で行われた独身最後を祝うパーティーで、ストーレン氏は幻のバーボン・ウイスキー『ハーシュ・リザーブ16年』を口にした。店の支配人からは、著名なウイスキー評論家チャールズ・カウデリーの本を贈られ、伝説の銘酒が16年間の熟成を経るに至った数奇な運命を知った。「自分にしか語れない物語のあるバーボンを造りたい」の想いがストーレン氏に芽生えたのはこの時だった。
2021年、小学校の同級生でウイスキー収集家のアンディ・ケラー氏と共に「フィールド・オブ・ドリームス・ウイスキーカンパニー」を設立した。ナショナルズ時代の球友タイラー・クリッパード、ジェリー・ブレビンスの両氏が資金援助を申し出たが、「ビジネスが軌道に乗り、会社としてやっていけると分かってからでいい」とストーレン氏は固辞している。

ストーレン氏は、撮影場所の球場を取り囲むトウモロコシ畑の管理者探しから着手した。ビジネスに特化したSNS「リンクトイン」を使って、生産者のアンディ・レイ氏と通じた。幸運にも、レイ氏には町での販売以外に取引先はなく、すぐさま弁護士に依頼し特許取得に至った。
2023年5月、『フィールド・オブ・ドリームス・ウイスキー』は「プレーヤーシリーズ」で市場にデビュー。同シリーズには、粋なコンセプトが仕込まれている――メジャーリーグの創設からこれまでに檜舞台に立った選手の数を製造本数にしているのだ。初年度は2万2860本。2024年は2万3114本。そして、2025年は2万3370本と、新作の製造本数はメジャーデビューした選手を加算して決まっていく。
ただ、このコンセプトだと毎年の製造本数は微増となる。そこでストーレン氏はファンの要望に応えるために、2024年の夏からは少数の樽から厳選しブレンドした「スモールバッチ」の発売を開始している。「プレーヤーシリーズ」のボトルと違うデザインで、コルク栓には元メジャーリーガーたちの顔が刻印され、開封するまで誰が出てくるか分からないという愉しみ方を加えた。若者向けの缶入りのレモンジンジャー・ウイスキーカクテル「サウスポー」も2023年から投入している。

自宅に飾られたマリナーズ「51」のユニホーム「三振を奪ったのは僕の勲章」
取材後に招かれたインディアナ州郊外のストーレン氏の自宅には、豪華なバーカウンターがあり、円形に縁どられたウイスキー陳列棚には総額数千万円の米国産の逸品60本が並ぶ。それを目にして息を呑む私に、ストーレン氏は一言。「名作には必ず物語があります」。学びの姿勢も本物である。
バーカウンターを背にした先には、現役時代の思い出の品々が飾られたガラス張りの部屋がある。その中には、マリナーズの背番号「51」のユニホームもある。「ナショナルズ時代に偉大なイチローから三振を奪ったのは僕の勲章」とストーレン氏は誇らしげな表情で話す。忘れずに付言すると、高校時代のストーレン氏は、子どもの頃にテレビで見た野茂英雄の体重移動を手本とし、上体を後ろにひねるトルネード投法を実践していた。
150年の歴史を持つメジャーリーグと芳香な香りと奥深い味をじっくりと育てる醸造樽のウイスキーに、同じ時間軸を見るストーレン氏は、野球観戦につきもののビールを斥け「思いを馳せるならやっぱりグラス」と口許に力を込めると、夏の日の思い出を振り返った――。
現役引退後に筆を走らせた『琥珀色の物語』の甘露は、2021年8月に映画の撮影場所の隣に作られた球場で開催された、メジャーの公式戦を父親と一緒に観戦したことにある。試合前に親子でキャッチボールをして、映画に登場する選手たちのように背丈の高さまで伸びたトウモロコシ畑の中を歩いた。
ストーレン氏は語を継いだ。
「この国の野球ファンは1億人以上いると言われています。僕らのウイスキーはまだ20万本にも届きませんが、いろんなアイデアがあります。だって、日々、野球界で起きる事の中には新たなアイデアへのヒントが隠れていますから。新しい物語をこれからどんどん作っていきますよ」
昨秋には、メジャーリーグを1本に詰め込んだ「2025オールスター・ウイスキー」を発売。30球団の各所在地にある蒸留所と提携し、世界のウイスキー史上初となる30の蒸留所樽ブレンドに挑んだ1万本限定の意欲作だ。ラベルには各チームのユニホームを着た選手の絵が描かれている。
メジャーリーグで活躍した選手が、野球ファン垂涎の場所で育った“野球の息吹”が薫るコーンを使ってウイスキーを造るというストーリーは、魅力的で真に奥深い。
『フィールド・オブ・ドリームス・ウイスキー』の核「プレーヤーシリーズ」は過去2年、メジャーリーグの開幕日に合わせて発売されてきたが、今季はまだ発売に至っていない。新作を待ち望むファンの声は日増しに高くなっている――。
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【マイ・メジャー・ノート】
1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト・木崎英夫記者による深堀りコラム。現場での取材からはもちろん、豊富な取材メモから送るエピソードも。コアなMLBファンのための記事を原則週1本配信。
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)