メジャー球界ならではの粋な言葉遣い <kitchen sink>に秘められた意義…ダルビッシュ有は象徴【マイ・メジャー・ノート】

パドレス・ダルビッシュ有【写真:ロイター】パドレス・ダルビッシュ有【写真:ロイター】

豊富な球種を得意とする投手を形容

 取材現場で遭遇し、記事化の過程で捨ててきた英語の単語や表現で印象的なものがたくさんある。時間とともに発酵したそれらに背景を補完して記憶のパラテクストにしたのが、文字だけで場面が眼前に立ちあがってくる「言葉のしずく」である。ここから絞り出す一滴一滴には等身大のメジャーが映る。今回の一滴は、持ち球が豊富な投手が“キッチンのシンク”を投げるという芸当である。

『kitchen sink=多彩な球はキッチンの流しに投げ込む』

 豊富な持ち球を有する投手を表すとき、「have a large repertoire(レパートリーに幅がある)」「throw different baseball pitches (異球種を投げる)」など他にも幾つかあるが、単語の原意からは想像もつかないものを選手やコーチたちは現場で使っている。それが“kitchen sink ”である。文字通り、毎日使う流し台のシンクだが、これが一体なぜ「豊富な持ち球」となるのだろうか――。

 米国で最も歴史ある英語辞書『ウェブスター』には“throw the kitchen sink at~”で「問題解決のために~に万策を尽くす」とあるが、シアトル・タイムズのマリナーズ番ライアン・ディビッシュ記者は、辞書には出ていないが、独特な解釈で印象に残る説明をしてくれた。

「小さな生ごみを粉々にして水道水とともに排水管に流すための粉砕機ディスポーザーがキッチンの流しの排水溝についているだろう。大きな物や硬いものを除けば、ほとんどの生ごみ類がシンクで処理できることから“いろいろなもの”っていうイメージなんだよね。投手が打者封じに多球種で挑む際に言うし、僕らもそれをよく使って書く」

「彼は“キッチンシンク”を投げてきた」

 この単語がすぐに浮かぶ試合がある。

 2019年4月11日(日本時間12日)の対ロイヤルズ戦で、マリナーズのミッチ・ハニガー外野手は相手の守護神ブラッド・ボックスバーガー投手が繰り出す球に食らいつき“粉砕”した。勝利を呼び込む一打を放ったハニガーは、その投球をこうふり返っている。

「彼は“キッチンシンク”を投げてきた。こっちは追い込まれていたんで、もう食らいついていこうって。そしたら、最後にチェンジアップがゾーンの甘い所に来たんで、思いっきり振ったんだ。すごくいい感じで捉えることができた」

 2点を追う9回2死一、三塁の場面で同点の2点タイムリー三塁打を放ったハニガーは、ボールカウント3-2から3球連続ファウルで粘り、9球目のチェンジアップを捉えた。勢いよく上がった打球は中堅後方へと伸びて延長10回の勝利を呼び込んだ。ストレート、スライダー、チェンジアップを配したボックスバーガーと粘るハニガーとの攻防は“kitchen sink”と固く結ばれて私の記憶にとどまっている。

 日本のメジャーファンには聞き慣れない名前だろうが、セス・ルーゴ投手(ロイヤルズの長身右腕)の投球は、まさに「キッチンシンク」である。2年前だったか、シーズン終盤でヤンキース打線と対峙すると7回3安打無失点、10奪三振の快投を演じ、ヤ軍のブーン監督は「kitchen sink」を言葉に挟んで「的が絞れなかった」とルーゴの投球に舌を巻いた。同投手はこの年、16勝を挙げア・リーグのサイ・ヤング賞投票で2位に入った。持ち球は9球種となっているが、ロイヤルズの番記者に聞くと「それ以上ある」と返ってきた。

ロイヤルズのセス・ルーゴ【写真:ロイター】ロイヤルズのセス・ルーゴ【写真:ロイター】

「kitchen sink」でルーゴと比肩できるのは、パドレスのダルビッシュ有投手(現在、右肘靭帯修復手術から復帰を目指しリハビリ中)であろう。2012年のメジャーデビュー時から球種の多さは既に知れ渡っていたが、それぞれの球の質に磨きをかけ新たな球種を習得しようとする一貫した姿勢の持ち主は、他の投手たちから一目置かれる存在になっていった。

ダルビッシュの豊富な球種に魅了「どうやったら9球種もの球の切れを」

 2021年に、カブスからパドレスにトレードで移籍したダルビッシュと同僚になったジョー・マスグローブ投手は「どうやったら9球種もの球の切れを毎登板ずっと維持していけるのかを知りたい」と、春のキャンプでダルビッシュとの共闘を喜ぶと、同年の4月にノーヒットノーランの偉業を達成した。

 ダルビッシュの持ち球は10球種以上とされるが、実のところ、その数は不明である。なぜなら、カットボールには縦、横、斜めの変化があり、カーブには遅速変化、それと縦に変化させるツーシームもあり、同じ球種にアレンジを施す。2022年の夏場には、右打者の外角へ伸び上がるスライダーを披露した。そればかりではない。キャッチボールやブルペンでの投球練習中に突如としてひらめいた握りに好感触を得れば、本番のマウンドで躊躇なく投げ込むことすらある。

 ただ、多彩な球種があるといってもそれを品評会で競うわけではない。投球術に長けているからこそ、多彩な球を生かせるのだ。この点で、ダルビッシュが頭脳を円満完全に稼働させた心に残る投球がある。2023年の6月3日、カブス・鈴木誠也とのメジャー初対峙は、滋味あふれるものだった――。

カブス・鈴木誠也【写真:アフロ】カブス・鈴木誠也【写真:アフロ】

 初球は横滑りするスイーパーが外れ、そこからスライダーとツーシームを外角低めのゾーンギリギリに変化させてカウントを優位にした。打者から最も遠い所へ決めた2球で強烈な残像を植え付けると、勝負球はストレート。外寄り高めのそれを強振した鈴木のバットは、あえなくボールの下を通過した。同じコースに球速、軌道、高さの異なる球種を投げ込んで奪った三振だった。

野茂英雄の投球を見たスカウト陣まで

 改めて思った――。

 内外角を交互に攻める配球の基本「X型」がアルゴリズムに通じるなら、豊富な持ち球を変幻自在に操った鈴木に対するダルビッシュの配球はアドリブと密接に通じている。

 ミッチ・ハニガーから始まりセス・ルーゴ、そしてダルビッシュ有へと連なった今回の一滴は、百年一日のように変わらない野球の「真理」――答えの見つかるスポーツではなく、答えのプロセスが見つかっていくスポーツ――を教えてくれる。

 最後に、最近はめっきり聞かなくなったが、ドジャースの野茂英雄がトルネード旋風を巻き起こしていた頃、春のオープン戦でネット裏に陣取るスカウトたちが、内角高めゾーンに来る野茂の威力あるストレートを見て「pitching in the kitchen」と言っていたのを思い出す。“kitchen”が「内角高め」を意味することを知ったのはその時だった。

▶「He threw the kitchen sink at me and I was just trying to battle.」 彼はいろんな球を投げてきたけど僕は食らいついていった。(ミッチ・ハニガー)

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【マイ・メジャー・ノート】
 1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト・木崎英夫記者による深堀りコラム。現場での取材からはもちろん、豊富な取材メモから送るエピソードも。コアなMLBファンのための記事を原則週1本配信。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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