元助っ人が明かす感謝「また日本でプレーしたい」 長女は札幌で誕生…MLBで覚醒も抱く「特別な思い」

レイズのニック・マルティネス【写真:黒澤崇】レイズのニック・マルティネス【写真:黒澤崇】

レイズで好投続くマルティネス「日本での時間は最高だった」

 日本ハムとソフトバンクでプレーしたニック・マルティネス投手は、今季レイズでローテーションの柱としてプレーしている。メジャーに再挑戦してから5年。35歳にして好成績を残す右腕が、日本での日々を振り返った。(成績は日本時間21日終了時点)

 今季はレイズと1年1300万ドル(約21億円)で契約(金額は推定)。低予算のチームにおいては最高年俸の選手となっている。この期待に応え、ここまで14試合で6勝2敗、防御率2.60の好成績をマークしている。

 テンポよく打者を打ち取れる理由はシンプルだった。

「一番大切なのはカウントが浅い場面で、とても積極的にストライクを取っていくということだね。今季はその心構えを維持できている。ファーストストライク率が、日本から復帰した年、そしてレッズ初年度と同じくらいまで戻っているからね」

 マルティネスはブレーキの利いたチェンジアップなど、多彩な変化球を投げるのが持ち味。中でも今季は三塁方向に逃げていくシンカーの投球割合が31.1%と非常に高くなっている。

「今季はシンカーのフィーリングとコマンド(制球)がいい。以前は右打者に多く投げていたが、今年は左打者へのシンカーが少し増えている。攻めのピッチングをして、カウントを戻すのに使っている」。アームアングルも少し下げることで、シンカーのシュート成分を増やしているという。

「左打者には時にツーシーム(シンカー)がとても難しい球になる。リーグの潮流は一定のサイクルで巡っていると感じる。ABSが導入されて、盗塁が増えて、打者は以前よりコンタクトするバッティングを重視している。ツーシームはコンタクトを重視するバッティングに有効的になる」

生きる日本での成長「心身ともに成熟したと思う」

札幌ドームで投げる日本ハム時代のニック・マルティネス【写真提供:産経新聞社】札幌ドームで投げる日本ハム時代のニック・マルティネス【写真提供:産経新聞社】

「日本では多くを学んだよ。心身ともに成熟したと思う。日本でプレーしたことで自分の中の情熱が戻ってきたんだ。野球をプレーすることが本当に楽しかった。なのでその気持ちを今も維持しようとしている」

 近年は日本をはじめ、アジアでのプレーを経てメジャーで活躍する選手が続々と生まれている。“出戻り”の成功例を語る上で、マルティネスは絶対に外せない存在だ。

「日本のチームが外国人選手と契約するときは、チームにインパクトを与える存在として期待される。コンスタントにプレーする機会がもらえるというので、自分にとってはそれが一番大きかった」

 マルティネスは2017年までレンジャーズでプレーも、防御率は5点台と苦戦。他球団でのプレーを模索する中、選んだのは先発投手を求める日本ハムだった。

「レンジャーズ時代はメジャーとマイナーを行ったり来たりで、自分はただ繰り返し投げる機会、そして自分を信じて頼ってくれるチームが必要なだけだと感じていた。それをファイターズで得た。なので自信をつけるのにとても役立ったんだ」
 1年目は25試合に先発して3完投を含む10勝(11敗)をマーク。ローテーションの1人としてある程度立場が確保されていたことは、自信を深めることにつながった。2019年は怪我で1軍登板は無かったが、2020年に復帰。2021年にはソフトバンクで9勝をマークした。

 パドレスでは2023年に63試合登板(9先発)とフル回転を見せると、同オフにはレッズと2年総額2600万ドル(約40億円)の契約をゲット。先発や中継ぎで2年連続で40試合に登板すると、今季は単年契約でレイズ入りした。

キャリアも終盤に「是非またプレーしたい」

ソフトバンク時代のニック・マルティネス【写真:藤浦一都】ソフトバンク時代のニック・マルティネス【写真:藤浦一都】

 異国である日本でのプレー。当たり前のようにストレスも抱えていた。

「言葉かな、まずそれが浮かぶね。2年ほど日本にいて、1年はコロナ禍で、2019年は怪我をしていたこともあって、ロゼッタストーンとかドュオリンゴで日本語を学習しようとしたんだけど、とても難しかったよ」

「シーズン半ばや終盤になると、少し故郷が恋しくなることがあった。長いシーズンで……たしかスプリングトレーニングはほぼ2か月ある。だからホームシックになりかかったんだけど、チームメートたちが夕食に招待してくれたり、元気づけてくれたりしたから助かった。自分が故郷を離れたから、日本の選手たちが米国に来るときは、どんな感じなのか想像できる」

 4年もの期間を日本で過ごした。来日1年目には札幌で長女も誕生。通訳やチームメートのサポートはもちろん、熱心なファンの応援も励みになった。

「日本での時間は最高だった。日本のファンのことは本当に大好きなんだ。とても敬意を持って接してくれる。だから日本には特別な思いがある。是非また日本でプレーしたいよ。今では子どもたちがいるし、年も取ってきたから難しいかもしれないけどね。もし日本で今後プレーしなくても、100%日本を訪れる。娘は日本で生まれたんだ。だから絶対にまた行くよ」

 日本での4年間は、マルティネスにとってかけがえのないものとなっている。

(上野明洸 / Akihiro Ueno)

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