2008年、マリナーズのマクラーレン監督が会見で連発した「Fワード」
取材現場で遭遇し、記事化の過程で捨ててきた英語の単語や表現で印象的なものがたくさんある。時間とともに発酵したそれらに背景を補完して記憶のパラテクストにしたのが、文字だけで場面が眼前に立ちあがってくる「言葉のしずく」である。ここから絞り出す一滴一滴には等身大のメジャーが映る。今回の一滴は、“スラング”について。
『F●CK=自分に災いを招いた不用意発言』
6月26日(日本時間27日)の試合で、今季9勝目を目指したロッキーズ・菅野智之投手を打ち崩し、延長10回の接戦をサヨナラ勝ちで制したツインズ。翌日、前夜と同じトラップラップが試合前のクラブハウスに流れていた。重厚感抜群のドラム音と「Fワード」が頻出する歌詞が織りなすそのラップを聞いていると、あの日のことが不意に気持ちを横切った――――。
まずは、「Fワード」である。
その時々の気持ちに生気を吹き込む使い勝手が良いカジュアルな言葉である。若者の日常会話はこれを抜きには成立しないほどで、音楽にも映画(子ども向けでは厳しく規制される)にも当たり前に出てくる。ただ、侮辱や差別、誹謗中傷など、荒れる感情を表す下品で乱暴なのがこの言葉の素性である。公の場で使えば、今ある地位を失うことさえあるレベルのタブー語と化す。
軽率にも試合後の会見でこのスラングを乱用し、騒動に発展した舌禍事件があった。
マリナーズのイチロー外野手がメジャー8年目に挑んでいた2008年の6月4日のことだった。チームは、首位エンゼルスに敗れ4連敗。借金はこの年最多の18で早くもプレーオフ進出が絶望的な状況になった。ゲーム差が15.5に開いた試合直後の会見で、ジョン・マクラーレン監督は耳を疑うようなコメントを連発した。
「我がチームは毎日必死にやっているんだ! でも、結果が付いてこないだけだ! だからなんとかしなきゃいけない! 負けるのにはもううんざりだ! 相手にやられるのにはもう疲れた。毎晩負けるのはもういい! 俺だけじゃない! 選手もだ! ファンだってうんざりだろう! この状態から簡単に抜け出す方法なんかない! 自分たちを哀れむなんてできっこないからな! ここから抜け出さないとならないんだ! だから負けることに嫌気がさすんだ! 我々の尻には火がついている! チーム全員が頑張って立ち直らなければならない! 以上」
マクラーレン監督は、質問の機会さえ与えることなく放送禁止用語の「F●CK」を連発して会見を打ち切った。クラブハウスに入ると、イチローに逆質問された。「何かあったんですか?」。ありのままに伝えると「まぁでも、あしたはオフですから……」。呑み込んだその先には、遠征で地元シアトルからは離れるため、選手たちが気持ちを切り替える貴重な時間になるという思いが想像できた。
戻った記者席で会見の録音を聞き返すと、問題のスラングは“怒涛の13連発”。叱咤激励の意味もあったのだろうが、テレビカメラを前にした発言はもはやどうにもならなかった。ほとんどのコメントが“ピー音”でかき消されていた会見映像は翌朝のニュースでも流され、テレビ局には子を持つ親たちから苦情の電話が相次いだ。
抑えきれずに感情を爆発させてしまったマクラーレン監督だったが、実は伏線があった。試合前、監督室に入っていくチャック・アームストロング球団社長の姿を見た。直後に、メディアのクラブハウス退出時間となったが、チーム関係者によると、部屋からは同社長の罵声が聞こえてきたという。
会見から2週間後、チーム低迷を理由にビル・バベシGMが解雇され、その後にマクラーレン監督も解任された。同監督の失言は、端なくもトカゲの尻尾切りの構図を照らし出していた。
通算286セーブの名リリーバーが…サヨナラ暴投の直後に“失言”
ここで、もう少しスラングについて続けたい。2つのスラングを重ねて自分のミスにいら立ちを表したのがロッド・ベック投手だった。切れのあるシンカーとフォークボールを駆使してメジャー通算286セーブを挙げた右腕が自滅した試合だった。
野茂英雄投手がトレードでドジャースを去ってから1年になろうとしていた1999年5月半ばのこと。前年に51セーブを挙げたカブスのベックは、1点リードの9回裏に満を持してマウンドに上がった。しかし、ピリッとしない。先頭のトッド・ハンドリーに同点ホームランを浴びると、安打、四球、犠打で1死二、三塁のピンチを招いた。打席に入ったのは代打マーク・グルジラネック。3球でカウント1-2と追い込んだベックだったが、勝負をかけた4球目を外角へ大きく外すサヨナラ暴投で勝利を献上した。
ドジャースタジアムの狭いクラブハウスで記者に囲まれたベックは、「何か質問があるの?」と切り出すと、最初に問われた暴投の球種について、語気を強めて即答した――。
“It was shitty fuckin’ forkball.” (クソみたいなフォークボールだった)。
「shitty」は質の悪さを言うshitの形容詞。これに怒りを強調したfuckin’を重ねたのは、腹立たしいほど納得がいかない球だったからだ。口角から下に顎まで伸ばした「ホースシュー」の口髭がトレードマークのベックは、缶ビールを片手に怒った目つきで吐き捨てると、シャワールームへと消えていった。
日常で“流通”する隠語…毒性が薄まり会話を生き生きとさせる効果も
ベックをメモしたノートには、付随事項として書きとめていたものがある。
★LAの市議会が、地域の高校スポーツからfuckなどの好ましからざる言葉の使用禁止を訴える活動を開始。異議を唱えるスポーツ心理学者もいる。「Fワード」は便利。使えなくなると、選手を鼓舞できなくなる。――LAタイムズから
その後にどうなったのかは定かではないが、改めてこの”four-letter words”を思うと、名詞、動詞、形容詞、間投詞など多岐にわたって日常会話で流通している。下品な隠語は幾つにも枝分かれして、本来の毒性が薄れ会話を生き生きとさせる。
せっかくなので、品詞別に思いつくものを並べてみたい。
(名詞)”He’s a real fuck.” あいつは最低な奴だよ。
(動詞)”You really fucked up this time.” 今回は取り返しのつかない大間違いをしたな。
(形容詞)”My car is fucked.” 俺の車最低。壊れた。
(間投詞)”Why the fuck are you late?” なんで遅れたんだよ?
書けないものも含めて他にもたくさんあるが、以前、フィールドに出てきた選手が仲間に向けてこう言った。
“I can’t fuckin’ believe you. You fuckin’ lied to me, you fuckin’ idiot!” この野郎! 俺に嘘つくなんて信じられねえな。
2人の関係がよく分かる1コマであった。
マクラーレン監督が発した前代未聞の「Fワード13連発」は、決して誰かを侮辱したり差別したり、挑発するものではなかった。が、テレビカメラが回る状況を無視したことが命取りになった。SNS全盛の今の世であれば、確実に炎上し、もっと早く首が飛んだ可能性がある。
➡️ “There’s no fucking easy way out of this. It’s gotta be a total team fucking effort.” この状況から簡単に抜け出す方法なんかない。チーム全員が頑張らないといけない。(ジョン・マクラーレン)
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【マイ・メジャー・ノート】
1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト・木崎英夫記者による深堀りコラム。現場での取材からはもちろん、豊富な取材メモから送るエピソードも。コアなMLBファンのための記事を原則週1本配信。
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(木崎英夫 / Hideo Kizaki)