巨人・門脇誠が付ける“前例なき”一本のバンド 特別支援学校の球児と心で繋がる約束

大学時代から続く交流、プロでも変わらない思い
巨人・門脇誠内野手の手首にある小さなバンド。これが大きな意味を示している。門脇は今季、“ティファニー・ブルー”のバンドを腕に着けてプレーしている。外側に「甲子園夢プロジェクト」のロゴ、内側に「繋 門脇誠」の刻印。特別支援学校の球児たちと試合中も心で繋がるための、前例のない装着品だ。この1本が手首に収まるまでの道のりは、平坦ではなかった。
甲子園夢プロジェクト(夢プロ)は、知的障がいがある中高生の硬式野球挑戦を後押しする取り組みで、2021年に始まった。野球部のない特別支援学校が多く、選手たちは月1回、全国から首都圏に集まって練習する。門脇との縁は、プロ入団前の創価大時代にさかのぼる。ドラフト指名直後の2022年12月、母校・創価高で行われた夢プロとの合同練習会に参加したのが始まりだった。
その日の門脇は、ショートの定位置で子どもたちに交じってノックを受けた。気づいたことがあれば、その場で短く声をかける。上から教えるのではなく、隣でプレーした。夢プロの選手たちは目の前の手本を食い入るように見つめ、次の練習会では投げ方や捕球後のステップを真似る子が増えたという。門脇自身は「緊張はしましたけど、みんなフレンドリーで。同じ空気を吸って、一緒に野球を楽しめるのではないかなと思いました」と振り返る。
交流はプロ入り後も続いた。球団も時を同じくして社会貢献活動「G hands」の一環で夢プロの支援を開始。門脇との思いが合致し、2024年、2025年に練習会を実施した。選手たちの成長を目の当たりにし、「野球指導のほかにも何かしたい」と考えるようになった。バンドの贈呈は、昨年11月の練習会での約束だった。
バンドは自費で作った。ただ、実現までには壁があった。「最初は前例がないと言われました。でも(球団スタッフと話をして)いけるでしょう、やりましょうよ、となりました」。用具規定は選手がプレーするうえで必要な装着品しか認めておらず、社会貢献を目的とする装着品の着用許可を球団がNPBに申請。今年のシーズン開幕前、野球規則委員会は新たな取り扱いを整備した。「いい方向に動く分には、プラスになっていると思うので」。NPB側も検討してくれたことにも感謝している。信念が時代を動かした。

プロになっても変わらない…でも“変わったこと”とは
約束は今年4月29日、広島戦前の東京ドームで果たされた。門脇は自身と同じバンドを、夢プロの選手たちの手首に一人一人はめていった。プロ入りの前後で変わったものを尋ねると、少し考えてから口を開いた。「見る目は変わらないですけど、(生徒たちに)見られる目は変わった」。いまは「門脇選手だ」と、子どもたちの見方が変わっているのが分かるという。
「なんとか結果を出したいなと思います」。
今季の門脇は、レギュラーに固定されているわけではない。スタメンで結果を残す日もあれば、ベンチで試合を見つめる日もある。それでも日々の練習に手を抜くことはなく、試合に出ない日も、川相昌弘コーチとバント練習を重ねてきた。勝敗を分ける一瞬のピースになるための、静かな準備だ。
その準備が実を結ぶ日もある。7月11日のDeNA戦(横浜スタジアム)では、4-4の7回にスクイズを決め、勝ち越し点をもたらした。ただ、いつも報われるわけではない。懸命に備えても結果につながらない。そんなことはプロの世界では珍しくない。「バンドを意識するのは、苦しいときですかね。気持ちを落ち着かせるものになっていると思います」。思い描くプレーができなかった日こそ、手首の「繋」が効いてくる。
淡い青緑は、昨年からグラブに使っている自分の色だ。取材の途中、「ミントブルーですかね」と尋ねると、「ティファニー・ブルーです」と門脇から短い訂正が返ってきた。こだわりが顔を出す数少ない瞬間だった。自分の色に「繋」の一文字を刻み、門脇は手首に巻いてグラウンドに立っている。
夢プロからは、独立リーグでプレーする選手も生まれた。障がいがあるからといって、プロ野球選手になれないわけじゃない。どんな人にも可能性はある。プロ野球選手は、誰かに力を与えられる存在だ。インタビューの言葉の端々には、芯が覗く。苦境に立たされても立ち向かう。門脇誠という選手の強さを感じ取れる瞬間だった。
(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)