米国野球殿堂博物館では日米の野球交流と歴史にスポットを当てた企画展「YAKYU」が開催中
米ニューヨーク州北部の緑豊かな自然と静かな湖畔に抱かれた小都市、クーパーズタウン。全米の野球ファンにとっての「聖地」である「米国野球殿堂博物館」には、連日世界中から多くの来館者が訪れる。
この歴史ある殿堂の館内の一角で、いま最も熱い視線を集めている特別展示がある。日米の野球交流と歴史にスポットを当てた企画展「YAKYU」だ。
大谷翔平選手(ドジャース)のユニホームやイチロー氏(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)のグローブをはじめ、歴史的な写真や貴重な記念品がズラリと並ぶこのスペースは、今や博物館の中でも屈指の人気エリアとなっている。
なぜ今、米国の野球殿堂で「YAKYU」がこれほどまでに大きな存在感を示しているのか。同博物館の広報ディレクターを務めるクレイグ・マダー氏に話を聴いた。
「イチロー、大谷だけではない」――150年超の日米野球史を紡ぐ
マダー氏によると、この展示の構想は単に近年の日本人メジャーリーガーの華々しい躍進だけにとどまらないという。
「日本の野球がアメリカの野球と交わってきた歴史には、非常に長い年月があります」とマダー氏は語る。「2025年にイチローが殿堂入りの有資格者(投票対象)になることはもちろん見据えていましたが、理由はそれだけではありません。ショウヘイ・オオタニやヒデオ・ノモをはじめとする選手たちが、野球というゲームそのものを変えてきました。私たちは歴史博物館として、日米の球界が長年どのように影響し合ってきたかというストーリー全体を伝える義務があるのです」
実際、日米の野球交流は19世紀後半にまで遡る。日米のナショナルチームやプロ球団の遠征、さらにはアメリカ人選手が日本プロ野球(NPB)へ渡ってプレーしてきた歴史も60年以上に及ぶ。
「日本人選手が海を渡ってくるだけでなく、アメリカ人選手が日本へ渡ってプレーする互いの行き来、そして文化の重なり合いを描くことは、単なるスポーツの歴史にとどまりません。アメリカという国の歴史や文化交流にとっても、極めて重要なテーマなのです」
9割が収蔵庫で眠る? 殿堂博物館の「裏側」と独自の収集システム
展示エリアを巡ると、ファンにはたまらない名品の数々が目を引く。3000安打を達成したイチロー氏の全装備を身にまとったマネキン展示や、大谷が実際に使用した防具類など、ファンならずとも息をのむクオリティだ。実際、2階にあるこの展示エリアはオープンからわずか1年ほどで、館内で最も人が集まる看板展示の一つとなった。
しかし、マダー氏は取材の中で、一般にはあまり知られていない博物館の知られざる「裏側」について明かしてくれた。
「実は、当館が所蔵している膨大なコレクションのうち、常時展示されているのは全体の約10%に過ぎません」
なんと、9割近くの貴重な品々は温湿度管理されたバックヤードの収蔵庫で大切に保管されているという。例えば、大谷が寄贈したアームガードやエルボーガードなど、現在の展示ラインナップからは外れているお宝アイテムも数多く眠っているのだ。展示替えのたびに、これら「幻の収蔵品」がスポットライトを浴びる機会を待っている。
さらに、これらの貴重なコレクションがどのようにしてクーパーズタウンへ集まるのかという収集プロセスも興味深い。
「メジャーリーグで活躍する選手に関しては、各球団と密に連携して資料を収集します。一方で、日本国内のアイテムについては、日本にいるパートナーや関係者のネットワークを通じて収集しています。そして何より重要なのは、当館の展示品はすべて寄贈されたものだということです。買い取りではなく、寄贈によって成り立っています。イチローやオオタニをはじめとする選手たちが、クーパーズタウンに保存される価値を理解し、大変寛大に協力してくれているおかげなのです」
「大谷翔平専用コーナー」は誕生するのか? 広報トップが語る確信
MLBでの大谷の活躍は、すでに現代の野球界において伝説の域に達している。では今後、大谷の功績だけを大々的に称える専用の特設展示がこの殿堂博物館に誕生する可能性はあるのだろうか。この質問を投げかけると、マダー氏は笑みを浮かべながら力強く答えた。
「もし数年以内にそれが実現しなかったら、私は心底驚きますよ!」
MLBの規定では、殿堂入りの候補となるには原則として「メジャーで10シーズン以上プレー」し、「引退後5年が経過」していることが条件となる。
「オオタニは間もなく10シーズン目を迎えます。10年プレーすれば、将来の殿堂入りへの資格を得ることになります。引退後の正式な投票を待つまでもなく、間違いなくいつの日か、私たちはここクーパーズタウンで彼に関する数々の物語を、何年にもわたって語り継いでいくことになるでしょう」
狭き門「殿堂のプレート」と、日本のファンへ伝えたいメッセージ
最後に、日本からクーパーズタウンを訪れるファンに向けて、マダー氏に「絶対に見ておくべき必見ポイント」を尋ねた。
「一番は間違いなく『YAKYU』展です。そして二番目は、ぜひ『プレート・ギャラリー(Plaque Gallery)』でイチロー氏の殿堂プレート(レリーフ額)を探してください」
殿堂博物館の象徴とも言える1階の「プレート・ギャラリー」には、歴代の殿堂入りメンバーの青銅製プレートが厳かに飾られている。
「歴史上、何千人というメジャーリーグ経験者が存在しますが、あのギャラリーにプレートが飾られている元選手はわずか280人程度しかいません。全体のごく一握りという狭き門です。その数字の重みを思い浮かべながらプレートの前に立つと、それがどれほど特別なことなのか、肌で感じていただけるはずです」
太平洋を渡った一球のボールから始まった日米の野球文化。国境や言語を超えて野球を愛する人々の情熱が結実したクーパーズタウンの「YAKYU」展は、スポーツが持つ真の価値と絆を私たちに教えてくれている。
(小谷真弥 / Masaya Kotani)