常総学院を率いて甲子園に6度出場…2024年1月に就任した郁文館・佐々木力監督の手腕
第108回全国高等学校野球選手権大会の東東京大会は、関東第一の優勝で幕を閉じた。137校(126チーム)が参加した中、注目を浴びたのは創部136年目で初めて8強入りした郁文館だ。3度の全国制覇を誇る帝京との準々決勝では一時、5点リードを奪ったが、最後は逆転を許して夏を終えた。チームを率いて3年目の佐々木力監督が就任当初、取り組んだのは何か。それは勝つための練習ではなかった。
神宮球場に鮮烈な印象を残した。帝京との準々決勝で郁文館は初回に1点を先制、3回に4点を加えて5-0とリードを広げた。3回に敵失に乗じて3点を返され、4回には2死満塁から6番・蔦原悠太内野手(3年)に中前2点打を許して追いつかれた。それでも郁文館は5回、2死満塁から押し出し死球と2者連続の押し出し四球で3点を勝ち越した。
炎天下の中、先発の中村俐穏(りおん)投手(3年)は丁寧にコースへ散らし続けたが、8-7で迎えた8回、147球目を先頭の目代龍之介外野手(2年)に左翼席へ運ばれて降板。その後、エースナンバーをつけた斎藤拓未投手(3年)が3番手でマウンドに上がったが失点を重ね、8-11で敗れた。初の4強にあと一歩届かなかった。
春先に同校を取材した。松葉づえをつきながらグラウンドに現れる斎藤の姿があった。昨年12月末に左膝半月板の手術を受け、投げられない時期が続いていた。それでも斎藤は、懸命にグラウンドへ足を運んだ。佐々木監督はその姿をじっと見ていた。
佐々木監督は2024年1月から郁文館の指揮を執る。取手二の二塁手として1984年夏の甲子園優勝を経験し、恩師・木内幸男氏のもとで常総学院のコーチ、監督を歴任。春夏通算6度甲子園に導いた指揮官が、東東京の私学にやってきた。
就任当初、下級生はグラウンドに入れず、外でトレーニングや素振りをするだけの状況だった。やめたいと漏らす部員もいた。佐々木監督が最初に手をつけたのは、勝つための指導ではない。野球は楽しいものだと伝えることだった。保護者が練習試合を見学することさえ制限されていたルールも、「どんどん見に来てください」と改めた。
そのうえで、練習では木内氏から受け継いだ教えを徹底した。練習のための練習をしてはいけない。常に試合のための練習をする。時間が短ければ短いほど、中身を濃くする。ベンチワーク1つとっても、それが試合でどう機能するかを考えさせる。楽しさと厳しさを同時に持ち込んだ2年半で、チームは東東京で上を目指せる集団に変わった。
万全ではないと知りながら、エースを神宮球場のマウンドへ送ったワケ
今大会のメンバー表には、茨城やその近隣県の出身選手が並んだ。斎藤、主将の高野竜輔捕手(3年)、そして2年生ながら主軸を打つ鈴木英修(えいす)内野手。
鈴木の母・いつかさんは、最初に学校名を聞いたときの印象をこう振り返る。「郁文館ってどこ? という印象でした」。そこから熱心な誘いを受け、息子は東京で野球をやることを決めた。グラウンドなどの環境面は、茨城での中学時代のほうがよかったとも話す。それでも、いつかさんはこう続けた。「こんなに生き生きと輝いて野球をやっている姿を見て、送り出してよかった」
佐々木監督にとって、この3年生は郁文館で1年生から最後まで見た最初の学年になる。「本当にかわいくてしょうがない。何も知らない東京のほうに出てきて、電車で通学して、そういった状況の中でよくついてきてくれたなと思います」
その学年の中心にいたのが、斎藤だった。「左膝の半月板の手術を去年の12月末にやって、リハビリ期間を経て夏の大会に入ったんですけど、コントロールの精度が上がっていない状態だったので。ストレートの球速は140近くまで上がってきたんですけど、まだ万全じゃないところがありました」。佐々木監督の言葉に、無念さがにじんだ。
万全ではないことは、誰よりも指揮官が分かっていた。それでも帝京戦のマウンドに送った。松葉づえをついてグラウンドに通い続けた右腕を、勝負どころで外すという選択を、佐々木監督はしなかった。
斎藤と高野は、つくばボーイズ時代から6年間バッテリーを組んできた。斎藤にとって高野は、こういう存在だ。「友達じゃなく、相棒というか親友だったり友達以上の関係。6年間、自分のボールを受けてくれて本当にありがとうと言いたい」。そして、最後の場所だけは譲れなかった。「最後は神宮球場でボールを受けてほしいという思いはありました。高野と一緒に郁文館に来てよかったです。高校野球生活、本当に楽しかったです」。
佐々木監督は敗戦をこう総括した。「序盤からリードを奪えた理想的なスタートに持っていけたが、そのあとがこらえきれなかった」。春先から夏前までは練習試合でも勝てず、大会が近づくにつれてようやく手応えが出てきたという。「ただ、仕上がったなと思うときはもう終わりなんで。高校野球はいつもそうですからね」。
渡邉美樹理事長兼校長「みんなが自主的に楽しそうにやっている」
この夏、ワタミ会長でもある渡邉美樹理事長兼校長は、一度ベンチにも入り、この日はスタンドから戦いを見守った。ベンチ入りは佐々木監督からの「選手がうまくなったかどうかということではなく、選手たちが楽しそうにやっていますよ、というところを見てほしかったんです」という申し出によるものだった。
実際に見た光景を、渡邉理事長はこう語る。「本当に生き生きしてやっている。みんなが自主的に楽しそうにやっている。これが佐々木監督が作る野球なんだと感じました」。理事長と監督の間には、3年でベスト8、5年で甲子園という明確な約束がある。今年がちょうどその3年目にあたり、約束の前半は果たされた。
「今回見てもらえば分かるとおり、下級生にもいい選手がいっぱいいる。全面的に応援していきます」と渡邉理事長。佐々木監督も前を向く。「まずはベスト8まで来られた。これで勝ち筋というか、手応えというか、そういうものも見えてきた。2年生以下も何人かベンチにいるので、新チームはそういった選手を中心に、2年後ぐらいには、なんとか甲子園に行きたいなと思っています」
野球は楽しいものだと伝えることから始めた2年半が、創部136年目の8強という結果に繋がった。地方から出てきた選手たちが東京で心から楽しみながら野球に打ち込み、その先で勝ち上がっていく。東東京にまた1つ、新たな“有力校”が現れた。
【筆者プロフィール】豊嶋 彬(とよしまあきら)・1983年7月16日生まれ。フリーアナウンサー、スポーツMC。2016年から高校野球の取材活動を始め、JCOMの「夏の高校野球東西東京大会ダイジェスト」のMCを務めている。高校野球への深い造詣と柔らかな語り口を踏まえた取材・実況が評価されている。スポーツMCとしての活動のほか、テレビ番組MCなど幅広く活動中。
(豊嶋彬 / Akira Toyoshima)