眠れない夜を終わらせた甲子園での「5球」 関東第一・石井翔が手にした平常心…帽子の裏に書かれた“勇者”

約束通り、歓喜の中心にいた関東第一の石井翔【写真:加治屋友輝】約束通り、歓喜の中心にいた関東第一の石井翔【写真:加治屋友輝】

東東京3連覇…石井翔が大会前に見せていた素顔

 マウンドにできた歓喜の輪。その真ん中にいたのは、9回を投げ切った背番号1だった。第108回全国高校野球選手権東東京大会は27日に神宮球場で決勝が行われ、関東第一が10-4で二松学舎大付を下し、3年連続11回目となる夏の甲子園出場を決めた。エース左腕・石井翔投手(3年)にとって、それは思い描いていた通りの光景だった。

 大会前の6月、関東第一のグラウンドを訪ねた時、石井はこう話していた。

「優勝を決めた時、みんながマウンドに集まってくる、あの瞬間に自分がマウンドにいたい」

 決勝の投球内容は9回被安打10、失点4。三振の山を築くタイプではない。多彩な変化球に緩急を織り交ぜ、打たせて取る。初回に無死満塁のピンチを背負いながら無失点に切り抜け、以降は粘り強く要所を締めた。最終回にも再び無死満塁とされ3点を失ったが、表情は最後まで動かなかった。

「点差があったので、ランナーは気にせず1つ1つアウトを取ればいいと考え、落ち着いて投げることができた」。胴上げ投手になった直後の言葉には、安堵がにじんでいた。「とにかく嬉しい気持ちでした。やっぱり3連覇というのを目標にしていたので、やっと達成できたなという一安心の気持ちが大きかったです」。だが、この落ち着きは生まれつきのものではない。

眠れない夜を終わらせた、聖地での5球

スタンドで歓声を送る関東第一・石井の母・由紀代さん【写真:豊嶋彬】
スタンドで歓声を送る関東第一・石井の母・由紀代さん【写真:豊嶋彬】

 1年前、第107回夏の甲子園準々決勝・日大三(西東京)戦。2年生の石井に出番が回ってきたのは9回2死、4番手としてだった。初めて立った甲子園のマウンドで大歓声に呑まれ、初球から3球続けてボール。それでも打者1人を打ち取り、この回3つ目のアウトは自分の手で奪った。投じた球数は、わずか5球。試合は3-5で敗れた。

「緊張で3球連続ボールを出してしまったのをハッキリ覚えていて、焦ってしまった部分から自分のスタイルはこうじゃないっていうのを見つめ直して、ピンチでも自分の投球をするスタイルが確立されました」

 それまで石井を苦しめていたのは、まだ起きていない失敗への想像だった。前日から眠れなくなるのも、打たれる自分を頭の中で何度も見てしまうから。だが、最も大きな舞台で、最も避けたかった事態を先に済ませてしまった。

 あの5球を境に、想像の中の最悪は、実際に起きたこととして輪郭を持った。もう、得体の知れないものではない。

 スタンドで見守ってきた母・由紀代さんも、当時の息子をこう振り返る。

「登板前日は眠れないほど緊張しちゃって、吐きそうなくらい精神的に結構きつかったみたいなんですね。だんだん減ってきて、あの5球以降はなくなったって言ってましたね。これ以上ない緊張する場面を経験して吹っ切れたんでしょうね」

帽子のつばの裏に書かれた「勇者」の2文字と、兄が残した言葉

石井の帽子に書かれた勇者の文字【写真:豊嶋彬】石井の帽子に書かれた勇者の文字【写真:豊嶋彬】

 石井がマウンドへ必ず連れていくものが、もう一つある。グラウンド用の帽子だ。つばの裏に手書きで記されているのは「勇者」の2文字。昨年までエースとしてチームを引っ張った先輩・坂本慎太郎から、ジャンケンで勝ち取った一品である。

「この帽子を被っていると、絶対に抑えられる気がするんです。秋からずっと大切に被り続けています」

 野球を始めたきっかけは、3歳年上の兄だった。不完全燃焼のまま高校野球を終えた兄は、専門学校で理学療法士を目指しながら、弟に実践的な助言を送り続けてきた。

「自分が後悔した『身体作り』の大切さ。そして、どんなに辛くても笑顔で楽しんで野球をやれば結果はついてくる。そう伝えました。『わかってるよ、余裕だよ!』なんて生意気に返されましたけどね(笑)」

 その兄は決勝当日、実習を休んで神宮球場に駆けつけた。石井も照れくさそうに応じる。「兄貴も自分も食が細くて苦労した。もらったアドバイスはちゃんと覚えてます。あとで『優勝したぞ』って自慢します」。初回から「心臓が持たないくらいハラハラしていた」という父は「生意気な息子だけど、本当によくやった」と笑顔を隠さなかった。

 先輩の「勇者」を継ぎ、兄の後悔を糧にし、家族の祈りに背中を押されて掴んだ東東京の頂点。登板前日に吐き気を催していた少年は、もういない。「目標は甲子園で勝利投手になり、完封して勝つこと」。5球で降りたあのマウンドに、背番号1はもう一度立つ。

【筆者プロフィール】豊嶋 彬(とよしまあきら)・1983年7月16日生まれ。フリーアナウンサー、スポーツMC。2016年から高校野球の取材活動を始め、JCOMの「夏の高校野球東西東京大会ダイジェスト」のMCを務めている。高校野球への深い造詣と柔らかな語り口を踏まえた取材・実況が評価されている。スポーツMCとしての活動のほか、テレビ番組MCなど幅広く活動中。

(豊嶋彬 / Akira Toyoshima)

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