帰ってきた背番号52が、キラリと光る。DeNAの浜地真澄投手は、7月10日に支配下復帰し即1軍に昇格すると、7試合で防御率0.00、4ホールド。マウンド上で淡々と仕事を遂行する姿は、かつての輝きを思い起こさせる。
「技術的なところでいうと、自分の中ではまだ物足りないというか、前の方がもっと投げられていたなというところはあるんです。投げている感じの部分なんですけど……。でもその分すごく集中して、気を遣って投げられているのは結果に繋がっているのかなと思います」
しかし2025年は4月に3試合に登板するも防御率6.00。同20日に出場選手登録を外れて2軍での調整を続けていたが、手術を決断する。復権を誓った新天地でいきなり訪れた“挫折”を、こう振り返る。
「やっぱりすぐに活躍したいという思いがあった中で、シーズン投げられませんとなったのですごく申し訳なさがありました。僕のした手術はあまり良くない例が多くて。実際にその手術をした人はあまり知らないんですけど、文献では(成功は)2分の1くらい、57%と言われた中で、やる勇気も必要でした」
浜地は7月15日に鎌倉市内の病院で右肘肘頭固定術、右肘クリーニングの手術を行ったことが発表された。これまでの例を考えれば、“完全復活”に至る人は約半分。不安な気持ちがなかったわけではないが、突き進むしかなかった。
「投げられなかったので、するしかないっていうのが一番の理由なんですけどね。球団の方も後押ししてくれたので、踏み切ることができました。あとは何となくですけど『2分の1、引けるやろ』みたいな、根拠はないですけど(笑)。楽観視じゃないですけど、そういう部分もありました」
右肘には、2本のボルトが残ったまま。投げられるようになった直後は、違和感に悩むこともあった。「馴染んではきていますけど、数値的なところはどうしても昔とは変わっている部分はあります。でも今はそれはそれと受け入れて、またオフシーズンに考えればいいかなっていう感じでいます」。多くの経験を経て、強さを増した。
「1軍に上がってこうやって投げられている、幸せを感じている」
7月11日、巨人戦で1年3か月ぶりに横浜スタジアムのマウンドに立った。3-3の同点というしびれる場面で、先頭に二塁打されたが後続を抑えて1回無失点で終え「(支配下登録から)合間なく上で投げられたのは大きかったですし、最初はピンチから始まりましたけど、あそこをゼロで切り抜けられたのはよかったです。結構楽しみにしていて、でも楽しめるような展開ではなかったんですけど、終わってみたら楽しかったなって思います」と微笑んだ。
この日、先発の藤浪晋太郎投手が3回3失点で降板。岩田将貴投手が1回無失点に封じた後にバトンを託される“元阪神リレー”だった。岩田とは同じ1998年生まれで、同じタイミングでDeNAに移籍(岩田は戦力外から加入)。それどころか、福岡大大濠高時代には九州産大九州高の投手・岩田から本塁打を放ったという縁もある。
前半戦17登板で防御率0.87と躍動した岩田の存在は、浜地にとっても「頑張っているなっていうのはありました。うれしいし、刺激をもらっていました」と励みになった。もっとも「人を気にしている余裕はなくて、自分のことで精一杯だったんですけど」というのが本音だが、岩田だけでなく、今季はともにファームで過ごした仲間たちが1軍で躍動していることもモチベーションになっていた。
戦いは後半戦へ突入した。「1試合1試合、任されたところをゼロで帰ってくるのが今の目標です。リハビリ中は立ち位置とかいろいろ考えていましたけど、1軍に上がってこうやって投げられていると、そこはそんなに関係ないというか。投げられる幸せを感じているので」と噛みしめるように話す。
長く険しいリハビリ生活を支えたのは「契約してもらえたことに報いたい、その一心」だったという。DeNAの浜地として、“恩返し”は始まったばかりだ。