菅野智之はなぜ勝てるのか “打者天国”で11勝…名捕手が感じた進化「40歳まで衰えない」

中日などで活躍した中尾孝義氏 渡米後は「日本の時以上にメチャクチャ丁寧」
ロッキーズの菅野智之投手が快進撃を続けている。巨人から海外FA権を行使してメジャーへと羽ばたき、1年目はオリオールズで10勝、ロッキーズを移った今季は早くも昨季を上回る11勝目をマーク。中日で優勝した1982年にMVPに輝くなど巨人、西武の3球団で名捕手として鳴らした野球評論家の中尾孝義氏は「本当に凄いよね。制球力とボールの質。大したもんです」と36歳でもレベルアップする右腕に舌を巻く。
ロッキーズはナ・リーグ西地区で最下位に沈む。本拠地クアーズ・フィールドは標高約1600メートルの高地に位置し、打球がよく飛ぶと言われる“打者天国”。スピードボールが当たり前のメジャーで、菅野に巨人のエースと呼ばれた若かりし頃の球威はない。19試合で防御率4.47は、決して納得のいく数字ではないだろう。過酷な条件が揃うのに白星が付いてくるのは、なぜなのか。中尾氏は「丁寧」をキーワードに挙げる。
「菅野はアメリカに行ってから、日本の時以上にメチャクチャ“丁寧”に投げています。コントロールが少しでも甘くなると必ず一発いかれる。メジャーでの登板を重ねて痛感したと思う。それなら力を抑えてでも狙った所に投げた方がいい。もともと制球力は素晴らしい。変化球で低めを“丁寧”に突いて、真っ直ぐを高めで使ってみたり。両サイドを投げ分けて揺さぶったりと引き出しが多い。制球重視のおかげで、球持ちが凄く良くなった。変化球のキレが増し、よく落ちています」
中尾氏は、菅野が自己分析の能力に優れていると考える。巨人時代にスピードガン表示を推測し、ほぼ的中させていたテレビ番組を見たことがあるという。投げた後の球速だけでなく、投球前に自分が投げる速度を宣言し、その通りのスピードで投げてみせた。「感覚、感性が鋭い。だけどフォームは右肩が全然フィニッシュまでいってなかった。上体だけで投げていたから、どうだろうと懸念していた。現実にその年の成績はあまり良くなかった。でも翌年はきっちり修正できていて結果を残したんですよ」。
自己分析と責任感で白星を呼び込む「40歳ぐらいまでは衰えないんじゃないかな」
中尾氏は、菅野の責任感の強さも、白星を呼び込んでいると推測する。5月16日(同17日)のダイヤモンドバックス戦は、吐き気などの体調不良を抱えるも登板し、5回2失点。6月14日(同15日)のアスレチックス戦は、8失点も大量援護を受けて5回を投げ、先発投手として最低限の役割を果たした。どんな状態であれチーム最優先で、自身ができることに集中する。その献身的な姿勢はナインを始め首脳陣、ファンから愛されて信頼を生む。「ピッチャーのお手本。僕はそう思います」と名捕手は絶賛する。
中尾氏は、菅野が東海大相模高(神奈川)のとき、阪神で編成部門を担当していた。東海大、巨人入りの希望を貫いた浪人時代はスカウトだった。「高校時代は細くて体ができ上がってなかったですね。そこそこのボールで、その時点でドラフトなら3位ぐらいかな。大学に進んでから体格がでかくなって驚きました。下半身がより使えるようになり、ボールが力強くなった。高校時代とは、もう雲泥の差。1年間浪人の選択をしてプロ1年目から活躍するあたりには、精神的な強さを感じました」と回想する。
日本で培った投球術をメジャーでも駆使する菅野に、中尾氏は2人の投手と同様の雰囲気を感じ取る。40歳の現役右腕、中日の涌井秀章と「球持ちがいいのが似ている」と話す。もう1人は、広島から33歳でメジャーに挑み、ドジャースとヤンキースで7年間ローテーションを守り抜き、古巣・広島に復帰し野球人生を締めた黒田博樹氏だ。「黒田も年をとり馬力がなくなってからは、どうすれば打ち取れるかを模索して投球スタイルを変えました。柔軟に対応できる人が成功するということでしょう」。
シーズンは、まだ2か月も残っている。中尾氏は今季を飛び越え、菅野の未来を予想する。「オフの過ごし方が大切だけど、彼はしっかりしてますから。40歳ぐらいまでは衰えないんじゃないかな」。ベテランにも関わらず、進化する姿を信じて疑わない。
(西村大輔 / Taisuke Nishimura)