広島・杉田健が明かす支配下の舞台裏 「マジで絶望」炎上で涙も…意外だった球団の評価「全然知らなかった」

7月に支配下契約を掴んだ広島・杉田健。背番号は「120」から「50」に変更【写真:冨田成美】7月に支配下契約を掴んだ広島・杉田健。背番号は「120」から「50」に変更【写真:冨田成美】

育成ドラフト1位で入団、杉田がようやく掴んだ支配下登録

“雨のち晴れ”の吉報だった。育成選手として3年目を迎えた広島の杉田健投手は、7月下旬に待望の支配下契約を掴んだ。背番号は「120」から「50」に変更。1年目から目標にしていた2桁の背番号を手にした。しかし、この報せから10日前、右腕は“絶望の淵”に立ち、人知れず涙を流していた。

 7月21日、杉田は球団と支配下選手契約を締結。2023年育成ドラフト1位で入団した右腕にとって、念願の“昇格”だった。由宇球場で練習を終えた杉田を呼び止め、このときの心境を聞くと「うれしい気持ちもありましたが、一番はホッとした思いのほうが強かったですね」と、入団から3年経っていただけに安堵のほうが大きかったようだ。

 杉田に支配下の報せが届いたのは前日の7月20日。それまでは「全然知らなかった」という。育成選手の支配下への移行期限は毎年7月31日まで。ギリギリまで可能性を追い求めていた杉田だが、支配下直前の登板は悲惨なものだった。

 7月11日、由宇球場で行われたソフトバンク2軍戦に5番手として登板。5点ビハインドで迎えた9回ということもあり、杉田はテンポよく無失点で終えることを意識しマウンドにあがった。ただ、思うように物事は進まない。相手打線につかまりあっという間に6失点。28球を投げて1死しか奪えず、無念の降板となった。

 この試合前の時点で防御率は1.21だったが、1/3回6失点で2.70まで悪化。ベンチに戻った杉田は呆然とグラウンドを見つめ、チームメートに隠れて悔し涙を流した。

「今まで積み上げたものが、あの1試合で崩壊したように感じました」

 右腕はそう切り出すと、そのとき抱いた気持ちを赤裸々に明かしてくれた。「正直、悔しすぎて泣いてしまいました。マジで絶望的。もちろん(試合後には)次に修正できるかが大事だと切り替えたのですが、投げている最中と降板後のベンチでは、絶望感が拭えませんでした」。

 支配下登録まで残り20日に迫ったなかでの悪夢。おそらくこの時点で、杉田の頭のなかは、支配下どころではなかったはずだ。挽回を期する右腕に吉報が届いたのは、そんな中でのことだった。

杉田が見据える未来「自分にとっては全て通過点」

 リベンジ登板を果たす前に背番号が変わり、苦楽をともにしてきた「120」に別れを告げた。「これまで積み上げてきたものを評価してもらえたのかなと思います」と球団に感謝するとともに「新たなステージに進めるということで、少しだけ肩の荷が下りた感じもありました」と、支配下契約は大量失点の悪夢を切り替える“きっかけ”にもなった。

育成ながらプロ1年目から首脳陣の評価も高かった【写真:冨田成美】育成ながらプロ1年目から首脳陣の評価も高かった【写真:冨田成美】

 背番号「50」でも初登板は、契約書にサインした翌日の7月22日に行われたハヤテ戦。この試合は先発登板し、5回途中まで2失点と粘った。4回2/3で降板し、5回を投げ抜くことはできなかったが、前回と同じ失敗は繰り返さなかった。

 8月以降はリリーフ登板が続いているが、まだ1軍昇格の報せは届いていない。ただ杉田はどっしりと構える。「開幕から1軍で投げることを想定して、自分の中でマインドを作り上げてきているので、1軍でもそれをやるだけです。上で空回りしないために、いま2軍ではあらゆることを想定しながら試合に臨んでいます」と話すと、「呼ばれたらいつでも行けるよう準備しているつもりです」と力強く言い切った。

「自分にとっては全て通過点。1軍で投げることも通過点の一つです。ゴールはまだ先にあるので」と語る杉田にとって、支配下までの約2年半の回り道も、ソフトバンク戦での痛恨6失点も、大切な通過点だったのかもしれない。

「人生をアニメの主人公だと思って生きています。超絶ポジティブなんで」と最後は不敵な笑みを浮かべた。右腕が2軍で鍛錬を積み重ねる間に、1軍は最下位ながらも3位に3.5ゲーム差に迫っている。杉田の言葉を聞いたあとだけに、1軍のマウンドに立つ50番を期待してしまう。

(真田一平 / Ippei Sanada)

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