阪神主砲の“傲慢”が招いた悪夢 軋み始めた肉体…パワー激減「ツケが来た」|球界群像 八木裕#16
横浜戦で三振を喫した阪神時代の八木裕さん【写真提供:産経新聞社】1990年から3年連続20HR以上も…八木裕氏に増え始めた怪我
元阪神4番打者の八木裕氏(野球評論家)は、プロ7年目の1993年から本塁打数が1桁台に減った。若き長距離砲としてプロ4年目の1990年から3年連続20本塁打以上をマークしていたが、一気に数字を下げた。原因は、守備で腰を痛めるなど故障が増えたことだった。「今、考えれば、コンディションをうまくやらなきゃいけないという認識が低かった。(それまでの)ツケが来たんだと思います」と唇を噛んだ。
八木氏はプロ6年目の1992年に阪神の主力として優勝争いを経験した。9月11日のヤクルト戦(甲子園)ではサヨナラ2ランと判定されながら「フェンス下部に当たってスタンドインした」とのヤクルトからの抗議に、審判団が誤審を認めてエンタイトル二塁打に訂正する“幻の本塁打騒動”の当事者にもなった(試合は延長15回3-3引き分け 抗議中断も含めて6時間26分の最長ゲーム)。
それでも阪神の快進撃は続き、首位を奪取。9月22日からの長期ロードに向かう時には2位に3ゲーム差をつけており、ビジター13試合を5勝8敗でも有利とみられていたが、まさかの3勝10敗でヤクルトにひっくり返された。なかでも10月7日のヤクルト戦(神宮)で3-4の逆転サヨナラ負けを食らったのが痛かった。「あの日が(事実上の)決戦だったんでね。異様な緊張感の中、試合をやっていました。前の日は寝られなかったんですよ。そんなことも初めてでした」。
阪神で活躍した八木裕氏【写真:山口真司】1994年に三塁で球宴ファン投票選出も怪我で辞退…受けた腱移植手術
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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