故障の連鎖で狂った歯車 阪神主砲が失った“感覚”…1軍昇格を阻んだ指揮官の判断|球界群像 八木裕#17
阪神時代の八木裕氏【写真提供:産経新聞社】オリックスの優勝とは対照的だった阪神の低迷…八木裕氏に相次いだ怪我
阪神での現役時代にレギュラーでも代打でも活躍した八木裕氏(野球評論家)だが、プロ10年目の1996年は1軍出場なしに終わった。春季キャンプで左膝を痛めて手術。リハビリを経て2軍で復帰したものの、1軍から声がかからず、さらには右肩まで痛めてしまったからだ。長打力だけでなく、強肩、俊足も売りだったのが、走れない、投げられないの最悪の状況。「もしかしたらクビもあるかもと思っていました」と明かした。
プロ6年目の1992年まで3年連続20本塁打以上をマークするなど長距離砲の道を歩んでいた八木氏にとって、最大の敵になったのは怪我だった。1993年は外野守備で腰を痛めて一時離脱するなど、調子を落として9本塁打。1994年は三塁の守備で左手靱帯を断裂して手術を受け、シーズン後半を棒に振り、6本塁打に終わった。“病み上がり”の1995年も本来の状態ではなく、71試合出場で5本塁打と数字をさらに落とした。
1995年は1月17日に阪神淡路大震災が発生。野球どころでない状況からスタートしたなか、神戸を本拠地とするオリックスがパ・リーグを制した。対照的に阪神は低迷し、7月に中村勝広監督が休養。藤田平2軍監督が1軍監督代行となったものの、最下位に沈んだ。「その年はチームの調子も悪かったし、僕も試合に出ていないことが多くてほとんど覚えていない。何か活躍した記憶が全くないというか……」と八木氏はむなしそうに話す。
阪神で活躍した八木裕氏【写真:山口真司】1軍出場ゼロの1996年…抱いた危機感「クビになるかも」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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