日本シリーズ直前に衝撃報道…指揮官謝罪「すまんな」 マスコミに漏れ「まずいなと」

2003年シーズン、阪神は18年ぶりのリーグ制覇を果たした【写真提供:産経新聞社】
2003年シーズン、阪神は18年ぶりのリーグ制覇を果たした【写真提供:産経新聞社】

初めて経験したビールかけ「ゴーグルをかける意味が分かりました」

 星野仙一監督率いる阪神は2003年にリーグ優勝を成し遂げた。1985年以来、18年ぶり8度目の栄冠。元阪神の八木裕氏(野球評論家)にとっては、プロ17年目での悲願達成だった。歓喜の胴上げ、ビールかけ……。すべてが最高の思い出になったという。だが、日本シリーズはダイエー(現ソフトバンク)に3勝4敗で敗れた。シリーズ直前に、この年限りでの闘将の勇退が報じられ「まずいなとは思っていました」と当時の心境も明かした。

 2003年の八木氏は64試合で打率.286(105打数30安打)、0本塁打、21打点。全盛期に比べれば数字は落ちたが、優勝メンバーとして精一杯戦った充実のシーズンだった。6月3日の中日戦(倉敷)では、「4番・一塁」で4安打5打点の大活躍。「あれは試合前に(ジョージ・)アリアス(内野手)が『腰が痛い』と言いだして急に出ることになってね。みんなよく打つからランナーがいたんですよ、僕の前に」と笑みを浮かべた。

 中村勝広監督時代の1992年、優勝目前まで行きながら最後に失速した経験がある八木氏にとって悲願の瞬間だった。決まったのは2003年9月15日。「もう断トツだったので、すごく余裕がありましたけどね。最後までどうなるかわからなかった1992年とは雰囲気も全然違いましたね」。阪神は87勝51敗2分で、2位中日に14・5ゲーム差をつけた。「こんなに勝てるんだと思った。負ける気がしないというか、負けていてもすぐ逆転するんちゃうかとずっと思っていましたよ」。

 歓喜の胴上げも忘れられない。「横でバンザイとかする人もいますけど、僕はちゃんと星野さんを胴上げしようと思って下にいました。ちゃんと上げることができました」。それは指揮官への感謝の思いも込めてのアクションだった。「ビールかけは、あんなに目が痛いものなのかと思いました。ゴーグルをかけてやるのは失礼かと思って、かけずにやったんですよ。ちょっと痛いくらい大丈夫かと思っていたら相当でした。ゴーグルをかける意味が分かりました(笑)」。

 そんなすべてが八木氏の脳裏に焼き付いている。「まぁ、はしゃげるというか、みんなが子どもみたいになれるというか、みんなが幸せになれる瞬間だなぁと思いましたね」。プロ17年目にして初めて味わった優勝。長きにわたって暗黒時代を経験しただけに、格別の思いだったのは言うまでもない。だが、日本一には届かなかった。ダイエーとの日本シリーズは第7戦までもつれ、3勝4敗で屈した。

元阪神・八木裕氏【写真:山口真司】
元阪神・八木裕氏【写真:山口真司】

3勝4敗で敗れた日本シリーズ…直前に星野監督の勇退報道

 八木氏は代打などで4試合に出場して5打数無安打1四球。延長10回2-1で阪神がサヨナラ勝ちした第3戦(10月22日、甲子園)では「4番・一塁」でスタメン起用されたが、安打は記録できなかった。「(本拠地でホームチームが勝つ)内弁慶シリーズでしたね。福岡ドーム(現みずほPayPayドーム)で戦う時と甲子園で戦う時と、全く野球が別物だという不思議な現象が起きたなと思います。僕自身は(リーグ)優勝が(9月15日に)決まってからの消化試合が長すぎて、感じがつかめなかったみたいな……」。

 日本シリーズは10月18日に福岡ドームで開幕したが、その前には星野監督のこの年限りでの勇退が明らかになった。八木氏は「まずいなと思いました。シリーズの後なら別にいいんでしょうけど、その前にマスコミに出ちゃったんでね。星野さんは『挨拶しなきゃいけないところがあって、そこに行くところでバレてしまった。すまんな。でも日本シリーズは関係ないから、ちゃんと戦ってくれ』って試合前に言われましたけどね」と話し、ペナントレースとは違う雰囲気でもあった。

「僕らも、リーグ優勝が大きな目的で、日本シリーズはおまけみたいな感じがあったのかもしれませんけどね。まぁ7戦までやれてよかったですよ」とも付け加えたが、あと一歩のところで逃した日本一だった。そして、シリーズ後、八木氏は自身の進退も考えていたという。「優勝したので”やった感”があったんですよ。もう、いつやめてもいいって思ってもいたし、あの年でやめる選択肢もあったんです。でもね、何かね、何かまだしっくりこないものもあったんですよねぇ……」

 そんな時に星野氏から来季について聞かれたそうだ。「『お前、来年もやりたいんか』ってね。僕は『来年もやりたいです』と言いました。そしたら『おう、そうか』で話は終わったんですけどね」。そんなこともあった上で、八木氏は現役続行となった。阪神は翌2004年シーズンから岡田彰布監督体制になることが決まっていた。「多分、岡田さんはいらないと思っていたんじゃないですかねぇ。わかりませんけど(笑)」。こうしてプロ18年目。“代打の神様”のラストイヤーが始まった。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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