松井秀喜氏、張本勲さんへの「反抗」明かす 臨時コーチ時代の助言…素直に聞けなかった「19歳」

「足をあげない方がいい」助言に素直になれなかった当時を振り返る
巨人やヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏が12日、東京都内で行われた野球教室イベント「サンリオベースボールアカデミー」に参加した。イベント後に取材に応じ、9日午後に死去した張本勲さんへの思いを語った。
松井氏は「自分が入団して1年目の秋のキャンプと2年目の春キャンプに臨時コーチで来られた」と当時を回想。NPB歴代最多となる通算3085安打を放ち、プロ野球史上唯一となる通算3000安打を達成した偉大な先輩との関わりを明かした。
指導を受けた際のアドバイスについて「当時、足をあげて打っていたけど、あげない方がいいんじゃないかと言われたのを覚えています」と振り返った。
しかし、当時の自身を捉え直し「自分も1年目、最後の方、少しずつ結果出始めていたので、当時19歳の松井秀喜はそれを素直に聞く耳をもっていなくてですね。すぐには足あげない形にはならなかった。ある意味反抗してしまった」と述懐。偉大な大先輩からの助言に対して素直になれなかった胸の内を打ち明けた。
「そのあと、けっこう強い口調で絶対やるべきだと言われました。そのあとを考えると、自分は段々足あげなくなったんですね。やっぱりその時点から、私のバッティングは、足あげずにいた方がいいというのを見抜いていたのではないかと思います」
結果的に足をあげないフォームで、大打者への階段を登っていった松井氏。「やっぱりこっちの方がいい、と。その目というか感覚というものを持たれていたと思います」と張本さんに敬意を表した。「で、足をあげなくなってから、すごく優しくなりました」と言い、集まった報道陣を「いや、本当よ」と笑わせた。
張本さんは東映(現日本ハム)や巨人、ロッテで活躍。勝負強い打撃で首位打者を7度獲得。プロ野球史上、唯一の通算3000安打を達成した。巨人では長嶋茂雄監督のもと、1976年から1979年までプレー。王貞治とのコンビで活躍し、加入初年度はシーズン182安打で最多安打に輝くなど、在籍中2度のリーグ優勝に貢献した。