秋に姿を変える甲子園の“魔物” 佐藤輝明&森下翔太のHR王争いに影響も…阪神に立ちはだかる見えない敵

本塁打王争いを繰り広げる阪神・佐藤輝明【写真:黒澤崇】本塁打王争いを繰り広げる阪神・佐藤輝明【写真:黒澤崇】

夏の浜風から一転…右翼方向に吹く甲子園の「秋風」

 甲子園には「目に見えない魔物」が存在する。ホームといえども敵にも味方にもなる「風」である。ペナントレースは最終盤。阪神は優勝マジックを点灯させながら、巨人と熾烈な争いを繰り広げている。。今月5日から15日にかけて今季ワーストの7連敗を喫したものの、初のリーグ連覇へ奮闘中。ペナントレースを終えてもクライマックスシリーズ(CS)、勝てば日本シリーズと試合は続くのだが、秋の甲子園は夏とは違う風が吹く。

 甲子園の“代名詞”とも言える「浜風」は、海から陸へ吹く。南西、あるいは西南西からライトスタンド方向を抜けて三塁側へ吹き込む。夏場は午前10時ごろ吹き始め、夕方に最も強まり午後10時ごろまで続く。夜が更けると陸と海の温度差が逆転し、陸から海への風に変わる。

「浜風」が吹く時間帯、右翼方向への飛球は押し戻される。“左打者の長距離砲泣かせ”と言われるゆえんだ。阪神で8年間プレーした福留孝介氏は、会心の当たりが失速するたびに泣きたくなったと振り返っている。低い打球を飛ばす、失速しにくいライトポール際を狙う、左中間に飛球を飛ばして風を利用する――。左打者はそうやって風と“折り合い”をつけてきた。

 ところが、気温が下がる秋になると、浜風は回数を減らす。風は左翼方向から吹くようになり、右翼への打球を後押しする。雨の日も風は左翼から右翼へ吹きやすい傾向にある。ただ、空気が水分を含むため打球が伸びるかどうかは微妙だったと、右翼を守った歴代の阪神戦士は言う。湿った空気と濡れた芝。雨の甲子園は打球の質そのものを変える。夏と秋で甲子園は”別の球場”になると言っても大袈裟ではない。

 1973年8月5日。甲子園の巨人戦での出来事は、“世紀の落球”と称され大きな話題となった。

 首位・阪神が2-1とリードした9回2死一、三塁の守備で、黒江透修が放ったハーフライナーに対し、打球を追った中堅・池田祥浩が仰向けに転倒した。打球は頭上を越えて2者生還。逆転負けを喫した。

 ナイトゲームの9回。夏なら浜風がまだ残る時間帯だ。しかし、原因とされたのは風ではなかった。当時は現在ほど完璧に整備されていなかった天然芝に足を取られたのだという。打球にグラブも触れておらず、記録上は三塁打で失策もついていない。

 1973年シーズンは、0.5ゲーム差で巨人の9連覇を許した。8月5日の1敗が直接的な原因ではないはずだが、「あの落球がなければ」という声が長く語り継がれた。

2025年の日本シリーズ第5戦、甲子園で本塁打を放ったソフトバンク・柳田悠岐【写真提供:産経新聞社】2025年の日本シリーズ第5戦、甲子園で本塁打を放ったソフトバンク・柳田悠岐【写真提供:産経新聞社】

昨年の日本S第5戦では、鷹・柳田が左翼ポール際へ値千金の一発

 風の話題に戻る。記憶に新しいところでは、2025年10月30日の日本シリーズ第5戦(甲子園)にこんな場面があった。阪神が2点リードの8回1死一塁でソフトバンク・柳田悠岐が石井大智投手の初球を振り抜いた。打球はレフトポール際へ飛び込む同点2ランとなり、その後に阪神は逆転負けし、1勝4敗で敗れた。

 あの場面で夏の浜風が吹いていたらどうだったか。左打者が逆方向へ運んだ打球で、浜風は右翼から左翼へ吹く。飛距離で見れば追い風でむしろ伸びたかもしれない。一方で、右から左への横風は、左翼ポール際の打球をファウルゾーン側へ押し出す方向に働く。

 レフトポール際は浜風の影響を最も受ける場所とも言われる。「入っていなかった」と断言まではできないが、「切れていた」可能性はゼロではない。たられば、は禁物だが、甲子園の風はそんな想像をかき立てる。

森下翔太は“秋の風”を味方にできるか【写真:黒澤崇】森下翔太は“秋の風”を味方にできるか【写真:黒澤崇】

 左打者の佐藤輝明内野手にとって、秋風はライト方向への追い風になり得る。一方、右打者の森下翔太外野手や大山悠輔内野手らは、夏ほど左翼への“アシスト”を期待できない。投手は夏なら押し戻されていた右翼への飛球に警戒が要る。外野手はフライの落下点の読みが変わる。

 甲子園の整備を担当する「阪神園芸」が整える今のグラウンドに、53年前のような不安はない。それでも風の強さや向きは毎日変わる。スコアボードの旗が右へなびく日もあれば、左へなびく日もある。シーズン最終盤の重い一戦、CSからの短期決戦の1勝を分けるのは案外、そんな見えない力になるのかもしれない。聖地の秋風を、虎は味方にできるか。

(楊枝秀基 / HideKi Youji)

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