4月24日に右肘内側側副靱帯のインターナルブレース術を受けた
距離にしておよそ60メートル。1球1球の感覚を確かめるように、丁寧に投げ込んでいた。右肘の手術から5か月が過ぎ、DeNAの森原康平投手は「充実しています。めちゃくちゃ順調、順調すぎるくらいです」と明るい表情を見せた。
4月24日、岡山市内の病院で右肘内側側副靱帯のインターナルブレース術を受けた。2024年、日本シリーズ優勝を果たした際の“胴上げ投手”の大きな決断だった。
肘の靭帯に対する手術としては、近年ではトミー・ジョン(TJ)手術を受ける選手が増えた。TJ手術は復帰までおよそ15か月かかるといわれている。今回森原が選んだインターナルブレース術は8〜10か月と短いが、周囲からは心配の声が多かったという。
NPBで同術式を行ったのは、2025年12月にソフトバンクで1年目を終えた育成・熊谷太雅投手しか前例がなかったのだ。森原の決断時には熊谷はまだ復帰過程だったこともあり、“成功”を見たわけでもない。しかも熊谷はまだ19歳。34歳の森原とは何もかもが違った。「セカンドオピニオンどころか、ファイブオピニオンですよ」。病院を5つほど回り、あらゆる人の意見を聞いた。
「手術していてもしていなくても、今まで通りじゃダメだったんです」
それでも「『やるっきゃない』って感じでした。前例がないのもいいんじゃないかなって」と“未知”の領域に足を踏み入れることを決めた。そこには実に森原らしい理由が詰まっていた。
「TJは来年までほぼ絶望なので選べないと思いました。保存療法でPRP療法もやったんですけど、やりながら丸2年はかなりつらいなと。インターナルブレースはNPBでは30代の前例はないんですけど、メジャーリーガーやアマチュア球界では結構やっていたので、そこはデータを取ったりいろいろ調べてやろうと決めました。大事なのは手術していてもしていなくても、たぶんどっちみち今まで通りじゃダメだったんです。何かしらは進化して成長しないといけない。だから作戦を考えて、やるしかないってことです」
術後は痛みの影響で2日で計2時間しか睡眠が取れなかったという。それでも手術翌日にはリハビリ室に向かい、ボールを触るリハビリを開始していた。2週間後に退院。1か月は徹底的にトレーニングに取り組み、2か月ほど経ったころにキャッチボールを再開した。過去に2回、右肘のクリーニング手術を行いリハビリを経験していることも活きた。
1度目の手術は2018年3月の右肘後方鏡視下のクリーニング手術だった。「翌年の3年目(2019年)が、今でもキャリアハイ(64登板で防御率1.97、29ホールド)なんですよ。だから手術してちゃんとリハビリをすれば、前よりもっと良くなる。そのイメージで、進化する気で(手術を)やっているので、ネガティブな感じはないんです。プラスしか考えなかったです」と言い切った。
「答えは今じゃないから。作戦を決めたから実行するだけ」
コンディション不良、手術の決断、つらいリハビリ……。どこかで暗くなってしまってもおかしくなさそうだが、森原にそういった様子は一切ない。
「だって、答えは今じゃないから。作戦を決めたから実行するだけ。後からそれを正解にして、『あのときやって良かったね』って自分もみんなもなるように、そこに向けてやるだけなんです」
必ず来るであろう“停滞期”に向けても「絶対に『ある』と思って、来ることを準備しているので。わかっているかどうかは大きいですよ。『はい、来ました。ちょっと休憩です』みたいに思えるから」と話す姿は頼もしい。
今は自身のリハビリに取り組む傍ら、入来祐作2軍チーフ投手戦術・育成コーチの頼みを受け、若手たちに“森原塾”を開く。「こっちが何か言うよりは、考えとかをまず聞いて、そこから役立つことが言えそうなら言っているだけですよ」と謙遜するが、入来コーチは「森原の投げる姿や取り組む姿を見ていると、若い選手たちにぜひ取り組んでほしいことがある。絶対彼らにいい影響を与える選手だと思っているので。若い選手に刺激を与えてくれています」と頭を下げた。
「なるべく俯瞰して、楽観してやっていきますよ」と笑う森原。長く険しい日々も、この気持ちで取り組めることが何よりの強みだろう。さらに「自分を成功例にしたいです。絶対にこれから増える術式なので。そういうプラスアルファのモチベーションもあります」。決断を「正解」にするために、一歩一歩進んでいく。
(町田利衣 / Rie Machida)