「打者天国」で投げるが故の“苦しみ” データでは測れない菅野智之の価値…重圧から逃げない投球哲学【マイ・メジャー・ノート】

ロッキーズで12勝を挙げた菅野智之【写真:ロイター】ロッキーズで12勝を挙げた菅野智之【写真:ロイター】

標高1600mにあるロッキーズ本拠地対策が、敵地では諸刃の剣に

 ロッキーズの菅野智之投手はメジャー2年目の今季、昨年の10勝に続き2桁の12勝(12敗)をマーク。2019年以降では、ヘルマン・マルケス投手が同年と2021年に記録した12勝に並ぶ“チーム最多勝”となった。4年連続100敗超を喫したチームの先発陣で最多の29試合に登板。唯一安定した働きを見せたものの、実相とは離れた単線的なデータ指標評価で語られている。ここに取材から得た投球の諸相を通じ、36歳右腕の真の姿を見晴らす。【全2回の前編】

 菅野の最終登板は、ロッキーズでの苦闘と成長を照らす味わい深いものだった。

 9月25日(日本時間26日)、ホワイトソックスの村上宗隆内野手とのメジャー初対決が注目を集めた一戦。今季自己最長タイの6回2/3を投げたが、村上に打たれた2本の本塁打が重くのしかかった。

 初回に犠牲フライで1点を失った後、村上と初対峙。カウント2-2からの内角低め86マイル(約138キロ)のジャイロ回転スライダーを右翼席に運ばれた。さらに、1-3のスコアで迎えた7回の第3打席では、外角への92.9マイル(約150キロ)シンカーを絶妙のタイミングで捉えられ左中間スタンドへ打ち込まれた。スライダーも、そして「今季一番の収穫」としていたシンカーも、イメージする変化は出せず甘くなった。

 理由はあった。ロッキーズの本拠地クアーズ・フィールドが関係している。

 4月の当欄で書いたが、コロラド州デンバーにある標高約1600メートルに位置する本拠地は、気圧が低いため空気抵抗が少なく、他球場に比べて打球の飛距離が約10%も伸びるとされている。菅野は、高地対策としてボールの揚力が高くなる回転数の多いカットボール、カーブ、スライダーを補完する目的で、回転数と変化量が小さいジャイロ回転(回転軸が球の進む方向を向く)のスライダーを習得して今季に臨んだ。ところが、勝つために覚えた「打者天国」での投球は皮肉にも、敵地では諸刃の剣となった。

 これらのスピン系のボールは予想以上に「曲がらなかった」と菅野は言う。それで曲げようという意識が生まれるのは自然なことだが、敵地ではその意識を抑えてもボールは散った。“意識と躊躇”という気持ちのひずみが力の加減を鈍らせた。

 今季の自分を深層から引き揚げるように、菅野は物憂げに口許に力を込め、そして言った。

「アウェーに来た時に、曲がり幅の調整であったりとかターゲットの見つけ方であったりとか、そこら辺っていうのはやっぱりアジャストするのはすごく難しいです」

「打者天国」に対応するが故の“苦しみ”【写真:アフロ】「打者天国」に対応するが故の“苦しみ”【写真:アフロ】

ベンチからサインを送る「ピッチサジェスチョン」導入も…6月に見直し

 実は、これだけではなかった。シーズンが進むにつれて、気温と湿度が高くなるデンバーの自然環境が引き起こす難題とも向き合っていた。

 7月31日(同8月1日)の本拠地ロイヤルズ戦で今季自己最長の6回2/3を投げ、5安打1失点の快投で昨年を超える11勝目を挙げた菅野は、翌日に聞いた話の終わりで、一呼吸置いてからこう明かした。

「(打球が)飛ぶのは飛ぶのかもしれないですけど、曲げよう曲げようとして制球を乱した(スピン系の)変化球もそうですが、特にフォーシームが“垂れる”感じで、高めで勝負できなかったりする。そっちの方がどちらかというと僕は難しさというのを感じます」

 曲がらない変化球と伸びない直球。これを補完したのが、豊富な球種を生かす投球術だった。編成主導のチーム戦略もあって菅野は経験値からの配球をシーズン序盤前まで縦横に駆使できていなかった――。
 
 昨年、43勝119敗という近代野球史上でも最悪の部類に入る成績で3年連続100敗を記録したロッキーズは、オフに映画『マネーボール』でモデルとなったポール・デポデスタ氏を野球部門の最高責任者として迎えている。

「セイバーメトリクス」をMLBに本格的に持ち込んだ先駆者とされる同氏は、データを元にした戦略・戦術を重視。投手陣にはアロン・ライシュマン投手コーチが配球の組み立てに加わり、1球ごとにベンチからハンター・グッドマン捕手に球種のサインを送る「ピッチサジェスチョン」を導入した。しかし、6月には見直しとなっている。

 皮膚感覚で養われていくバッテリー間の呼吸を乱すとして、投手陣とグッドマンから声が上がったからだ。その場で感じるものを配球に反映させる菅野にとって、これが追い風となった。

“球数を使う配球”で難局を切り抜ける【写真:ロイター】“球数を使う配球”で難局を切り抜ける【写真:ロイター】

「“エイヤッ!”で、ど真ん中に投げたくないので、僕は」

 6月2日(同3日)のエンゼルス戦から7月31日(同8月1日)のロイヤルズ戦までの8登板で勝敗が付かない1試合を挟み、7連勝を挙げた。その中で、6月9日(同10日)の本拠地カブス戦は菅野らしい発想で難局を脱した印象深い試合の一つである。

 鈴木誠也外野手を2打席無安打に抑えたその試合で、菅野は、“球数を使う配球”で難局を切り抜けている。6人と対峙し最も多い28球を費やした3回をこう振り返っている。

「あそこでカウントを不利にしたくないからって、“エイヤッ!”で、ど真ん中に投げたくないので、僕は。そんな中で、あそこを1点で終われたことは、大きなことでした。去年に比べたら成長したところなのかなって気がしますし、あそこはやっぱり球数を使っていいところだと思いました」

 その回、1番ピート・クロウ=アームストロング外野手、3番マイケル・ブッシュ内野手に四球を与えたが、いずれもきわどいコースとゾーンの低めを突いた。危険な打者と慌てて勝負せず、打ち取れる確率が高い打者までじっと我慢した。

 2死一、二塁で迎えたのは、1打席目に空振り三振を奪っている5番イアン・ハップ外野手。それでもボールが先行し、カウント2-0から3球ファウルで粘られた。そして、菅野は「エイヤッ!」の真意を響かせる――。カウント2-2から苦し紛れのストレートを排除し、最後、外角高めのカッターでニゴロに打ち取った。

 6回0/3を6安打3失点のクオリティ・スタート(6回以上自責3点以下)でドジャースの山本由伸に並ぶ日本人投手最多の6勝目には、菅野と親交の深い評論家の権藤博氏が言う「本能的に危険をかぎ分ける臆病さ」が遺憾なく発揮された背景があった。データに偏らず、重圧から一刻も早く逃げようとせず、手間暇をかけ取った3つのアウトは大きな勝因になった。

9月に菅野から2本塁打を放ったWソックス・村上宗隆【写真:ロイター】9月に菅野から2本塁打を放ったWソックス・村上宗隆【写真:ロイター】

菅野から2発も…村上が語る印象「改めて投球術がすごいピッチャーだなと」

 メジャー2年目を締めくくる敵地シカゴでの登板に、菅野は「後悔がないように自分主導でほとんど僕がサインを出した」と曇りのない気持ちで臨むと、3打席で対峙した村上もそれをしっかりと受けとめていた。

「相変わらず、すごくいい球を投げてました。必死に食らい付いて何とか打てましたけど、2打席目はしっかりと(見逃し三振に)抑えられました。日本でもこういう対決が多かったので、改めて投球術がすごいピッチャーだなと思いました。こう言うとおかしいですけど、すごく楽しい対戦ができました」

 降板する際に菅野は三塁側のベンチにグラブを外した左手を差し向けた。その先には、村上の姿があった。

 データ至上主義に包まれていた菅野は、満月が夜空に浮かぶ初秋のシカゴで自らを開放した。その姿はすがすがしく私の目に映っていた――。【後編へ続く】

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【マイ・メジャー・ノート】
1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト・木崎英夫記者による深堀りコラム。現場での取材からはもちろん、豊富な取材メモから送るエピソードも。コアなMLBファンのための記事を原則週1本配信。

○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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