2000年代半ばから減少傾向だったバント
データ分析が進んでいるMLB。打撃、投球、走塁、守備……プレーの価値は細かく測られ、チームはそれを勝利に繋げようとしている。
こうした分析は「セイバーメトリクス」とも呼ばれ、いまやどの球団も、選手の育成や補強、試合中の意思決定にデータを活かしている。膨大な統計データから導き出された考え方は、打順や投手起用、スイングのあり方まで、従来のセオリーを変え続けてきた。
そのセイバーメトリクスが強く疑問を投げかけてきた代表的な戦術が「送りバント」だ。送りバントで走者を進めても、アウトがひとつ増えることで、そのイニングに見込める平均得点は下がることが多いとされる。こうした考え方が広がる中、MLBのバントは2000年代半ばから減少傾向をたどってきた。
しかしここに来て、その「バント」が復権しつつある。データ野球が浸透したMLBで、いま何が起きているのだろうか。
3年連続で増加しているバント試行割合
増加の背景を探る前に、まずはバント割合の推移を確認してみよう。対象はスタットキャストが導入された2015年以降、折れ線は100打席あたりのバント試行数を示している。ここでいうバント試行は、バントを打球にした打席と、バントのファウルで三振になった打席だ。バント安打や犠打のほか、野選、失策、走者を進められなかった打球も含んでいる。
2015年には100打席あたり1.468回だったバント試行は、年ごとの上下を挟みながら2023年に0.609回まで減少した。そこから3年連続で増え、今季は9月26日終了時点で0.906回。前年から約29%増となった。投手が打席に立っていた2015~2019年や2021年の水準には届かないものの、減少が続いていた2010年代後半とは流れが変わっている。
上の表を読む点で注意してほしいのが、2022年から全30球団でDH制が導入された点だ。2020年を除き、2021年までナ・リーグでは投手も打席に立っていた。送りバントを担うことも多かった投手が打線から外れ、2022年以降は打者の構成が変わっている。
ただ、2023年を底に増加へ転じたのは、両リーグでDH制が定着した後だ。投手の打席がなくなったことだけでは、ここ数年の上昇は説明できない。
バント安打は約46%増…三塁走者ありの割合も2015年以降最高に
では、増えたバントは、昔ながらの「送りバント」なのだろうか。まず注目したいのは、打者自身が塁に出るバント安打だ。バント全体のうち、安打となった打席の割合を示したのが以下の表だ。
バント試行に占めるバント安打の割合は、今季30.1%。前年の26.5%から3.6ポイント上昇し、バントの3回に1回近くが打者自身が塁に残る形になった。回数は498回で、前年の341回から約46%増。バントの増加を、「走者を送るための犠打」だけとして捉えることはできない。
セイバーメトリクスが否定したのは、バント全体ではなく、走者を進めるためにアウトをひとつ差し出す「送りバント」である。しかし、安打になればアウトは増えず、打者自身も塁に残る。バントが増えたというだけで、昔ながらの送りバントへ逆戻りしたというわけではなさそうだ。
打者自身が生きるバントに加え、三塁に走者を置いた場面にも目を向けたい。三塁走者がいれば、スクイズのように、その場で1点を取りにいくバントもある。打者が一塁でアウトになっても、走者が本塁へかえれば得点になる。走者をひとつ先へ送るだけのバントとは、同じ犠打でも得られるものが違う。こうした場面でのバントは、全体の中でどれだけを占めているのだろうか。
全バント試行に占める割合は今季10.5%。前年の8.8%から1.7ポイント上昇し、2015年以降で最も高い。回数も174打席で、前年の113打席から61打席増加。増加率は54%で、全バント試行の増加率(約29%)を大きく上回った。バントの増加は、ただ試行数が増えたことだけを意味しない。三塁から1点を取りにいける局面で、選ばれる回数が増えているのだ。
三塁走者を置いたバントで、攻撃側に得点が入った割合は今季58.0%。前年の57.5%とほぼ横ばいだった。回数は101打席で、前年の65打席から36打席増えた。得点になる局面で、前年より約6割多くバントを試みた形だ。得点につながった101打席のうち、63打席は犠打と記録された。バント安打だけが増えたのではなく、打者のアウトと引き換えに三塁走者をかえすプレーも増えている。
犠打は勝率を下げているのか
バント安打や、三塁に走者を置いた場面でのバントが増えている一方で、打者がアウトになる従来の送りバントは今も使われている。広義にはスクイズもそのひとつだろう。しかし、三塁走者をかえす場面も含め、犠打の価値は回数だけでは測れない。1点を取るための犠打と、走者を進めるだけで終わる犠打では、試合への影響が異なるからだ。
そこで、得点差やイニング、アウト、走者状況を反映する勝率変化で犠打の価値を確認してみよう。犠打が記録されたプレーの前後で、攻撃側の勝率が平均で何ポイント動いたかを比べたのが以下のグラフだ。
2015年から2019年までは毎年マイナスだったが、2022年以降はゼロに近い年やプラスの年が増えている。昨季に続き、今季もプラス0.25ポイント。犠打が記録されたプレーは、平均すると攻撃側の勝率を押し上げた。
犠打は、アウトがひとつ増えるというだけでは評価しきれない。同点の終盤に三塁走者を返す1点と、走者をひとつ先の塁へ進めることでは、勝利への影響が違う。得点期待値が下がるから「損」と片づける前に、どの場面で何を得たのかを見る必要がある。犠打が記録されたプレーの平均的な勝率への影響は、2010年代後半より改善されている。
球団別ではア・リーグ東地区を制したレイズが最多
スタットキャスト導入以降、長打の増加が止まらないMLBでなぜバントが復権しているのか。背景として現場から聞こえるのは、「打つこと自体が難しくなっている」という声だ。
今季ア・リーグ東地区を制したレイズのケビン・キャッシュ監督は、MLB.comの記事において、球速、回転数、変化量を備えた投手が増えた現状について「打撃は本当に難しい」と語っている。レイズは予想年俸が30球団中27位で、長打率も22位。それでも、打球を内野に転がし、相手に急いで送球させる攻撃は可能だ。実際に今季のバント試行は134回でリーグ最多。100打席あたり2.207回はリーグ平均の0.906回を大きく上回った。
そのレイズを象徴する打者が、チャンドラー・シンプソン外野手だ。今季は14本のバント安打を記録しているが、ただの「足の速い、小技だけの打者」ではない。相手はバントを警戒して内野手を前へ寄せる。シンプソンはその位置を見て、バントするか、ヒッティングに切り替えるかを選ぶ。実際に春季キャンプでは、一塁側と三塁側へ方向を分けて転がすバント練習を毎日行ってきたようだ。
シンプソンにとって、バントは一塁に生きるためだけの技術ではない。守備陣を前へ引き出し、その裏を突くための「布石」にもなる。7月のレッドソックス戦では、一塁手がバントに備えて前進したのを見て、シンプソンはバントの構えからバットを引いてヒッティング。二塁手が飛び込んで処理する打球を放ち、送球ミスも重なって走者が生還した。バントを警戒させること自体が、攻撃の選択肢を増やしているのだ。
ブルワーズが92回、100打席あたり1.468回のバント試行で続く。デービッド・ハミルトン内野手は15本のバント安打に加え、13回の犠打を記録した。クリスチャン・イエリッチ外野手は、相手も自分たちがバントや盗塁をすると分かっていると話す。パット・マーフィー監督も、バントと盗塁を絡めれば相手に混乱を生じさせられると語った。走力を使い、守備を動かし、1点を取りにいく。レイズとブルワーズのバントは、ただアウトを渡すためのものではなく、多彩な攻撃パターンのうちのひとつなのだ。
「頭を使わなくてもできてしまう野球」は続いているのか
話題が逸れるが、イチロー氏は2019年の引退会見で、MLBの現状を「頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつあるような」と語っていた。真意は定かではないが、トラッキングデータの浸透によって、打者は長打を、投手は三振ばかりを狙い続けるワンパターンな野球を憂いての発言だったのではないだろうか。
だが今季のバントは、何も考えずに送りバントへ戻ったものではない。バント安打は増え、三塁に走者を置いた場面でのバントも増加した。犠打の平均勝率変化も、2022年以降はプラスの年が目立つ。アウトをひとつ差し出すだけの作戦ではなく、状況を見て、得点に結びつく場面を選ぶバントが増えている。
今季地区優勝を果たしたレイズとブルワーズは、それぞれのリーグ最高勝率を記録した。その結果をバントだけで説明することはできないが、両球団はいずれも、走力や守備を活かす野球を強みとしてきた。長打を放つことが得点期待値を高めるというデータは変わらない。一方で、走者や守備位置、得点差まで見れば、バントの方が勝利に近づく場面もあるだろう。
データを駆使した野球は、平均的な結論をそのまま当てはめることではない。数字を使って局面を読み、どこで何を使うべきかを考えることだ。今季のバントの復権は、そうした「頭を使う」データ野球の一面なのではないだろうか。
■参考文献
・It’s The Year Of The Bunt (So Far)(2026年6月)
・Behind the trend that breaks the No. 1 rule of ‘Moneyball’(2026年5月)
・“イチロー節”全開、85分間の引退会見 一問一答ノーカット「孤独感は全くない」(2019年3月)
・Baseball Savant Statcast Search(2026年9月26日取得)
⚪三好 侑里
大谷翔平の活躍を機に総合指標WARの存在を知り、蛭川氏のウェブサイトを経てセイバーメトリクスの世界の没頭。主に海外の分析を参考にしながら、『鯖茶漬』のハンドルネームで考察や情報発信を行う。
⚪DELTA
2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。書籍『プロ野球を統計学と客観分析で考える デルタ・ベースボール・リポート1~3』(水曜社刊)、電子書籍『セイバーメトリクス・マガジン1・2』(DELTA刊)、メールマガジン『1.02 Weekly Report』などを通じ野球界への提言を行っている。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する『1.02 Essence of Baseball』も運営する。