巨人・松井新監督「私は長嶋茂雄にはなれません」 “約束発言”に後悔「言うべきではなかった」

会見に臨んだ巨人・松井秀喜新監督【写真:黒澤崇】
会見に臨んだ巨人・松井秀喜新監督【写真:黒澤崇】

昨年6月3日に89歳で亡くなった長嶋茂雄さん

 巨人は23日、松井秀喜氏の監督就任を発表した。東京都内で記者会見に臨んだ松井氏は、昨年6月3日に89歳で亡くなった恩師・長嶋茂雄さんについて言及。生前に交わしたとされる“約束”に関しては、「みなさんご自由にご考察ください。言うべきではなかった」と語り、当時の発言に対する後悔を明かした。

 松井氏は会見冒頭の挨拶で、「私はジャイアンツで10年間プレーしました。長嶋茂雄監督のもと頑張り、成長してきたつもりです」とコメント。その後の質疑応答でも、恩師への思いを語った。

「正直やはり、嬉しかったです。やはりジャイアンツというのはどこにいても心の中にあったんです。昨年、長嶋監督が亡くなられて、本当は長嶋監督にもこの姿を見てもらいたい気持ちは正直あったのですが、でもここで受けなくちゃいけないと実際引き受けるときは悩みました」

 さらに、長嶋さんとの“約束”についても触れた。

「私はですね、あのとき長嶋さんがお亡くなりになられて弔問に行った直後。自分自身、そんなことを言うつもりは全くなかったけど、自分の発言によっていろいろな憶測が飛び、当時のチームに迷惑をかけた。私の中では自主撤回しておりまして、みなさんご自由にご考察ください。言うべきではなかった。私と長嶋さんだけのものだったと戻っておきます」

 また、長嶋さんの監督像で見習いたい部分を問われると、「無理です。私は長嶋茂雄にはなれません(笑)」と笑顔で即答。「まずは自分自身を理解すること。長嶋さんは長嶋さんなんです。自分は自分のできることに集中してやりたいと思います」と自身の姿勢を示した。

 背番号は現役時代の「55」ではなく、長嶋氏も背負った「90」に決定。もし長嶋さんからエールをもらえるとしたらどのような言葉かという問いには、「遅いよ、じゃないですかね(笑)。誰よりもこの瞬間を楽しみにしてくださったと思います。ただ、いつまでも楽しみな気持ちで、それを生き甲斐にいつまでも元気でいてほしいという気持ちもありました。遅いよ、ですね(笑)」と語った。

 松井氏は1992年のドラフト会議で4球団から1位指名を受け、当時翌年からの監督復帰が決まっていた長嶋氏が交渉権を引き当てた。1993年に巨人の指揮官へ復帰した長嶋氏は、高卒1年目の松井氏の育成に情熱を注いだ。

 松井氏もその期待に応え、巨人の第50代4番打者へと成長。巨人在籍の10年間で通算332本塁打を記録した。2003年にヤンキースへ移籍した後も2人の強い信頼関係は変わらず、国際電話越しに素振りの音を聴いてもらいながら指導を受けたエピソードは有名だ。

 2013年には師弟揃って国民栄誉賞を受賞。昨年11月に執り行われた「ミスタージャイアンツ 長嶋茂雄 お別れの会」で、松井氏は「胸を張って自分の師は長嶋茂雄と言える幸せをありがとうございました。監督によって私の野球人生は綺麗に彩られました」と、深い感謝の言葉を届けていた。

(Full-Count編集部)

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